昨日の日本クラッシック映画祭の打ち合わせがはうまくいったので今日は息抜き。

寝坊しパジャマでだらだらしていたのだけれど、パリ2014年五輪開催日だったので19時から夜中までTV中継を見て過ごした。

 五輪がパリと決まった4年目、心身ともによくなかったし、それに年だし見れないだろうと思ったが人の運命とは分からないものだ。最近念願していたマルセイユ旅行ができて、五輪開会式も見れている。

 アメ⋆バには僕の読者がいないのだと思ったし、映画祭の準備で時間がないこともあったのでブログは放置したままだったが、、ひどく感動したので、ここにそれを書くことにした。

 全体にいえば斬新だった。始めの頃はフレンチカンカンが出てきて、キャバレかよとネガに考え、また世界の選手の入場も競技場の方ががよかったのではと思ったが、どんどんどん演出が良くなり引き込まれた。

 わずか一か月前に極右が大躍進したことで、マクロン大統領の人気が明瞭になり、ファッシズム政権が誕生すると、政界大混迷に陥り未だに首相がきまらない状態なのが信じられない気持ちだった。

 こういうところがフランスの面白いというか不思議なところというか。なんなく旨くまとまってしまう。こうしたメンタリティーに馴染めない日本人はノイローゼになるだろう。

開会式の演出を楽しみながら、フランスは国が文化に大きな価値を認め、その中でもパリはさすがに世界から多様な異文化が集まり切磋琢磨している文字通り芸術の首都だと改めて感心し感動した。

それと比べて4年前の東京オリンピックの開催祭りを思い出すと、コンセプトもはっきりしない出演アーティストはべつにして演出は稚拙で愚かだったと思う。バカバカしかったというか。

日本には大学は理工科系だけ残して文科系は無駄だから無くした方がいいという馬鹿なやからがいる。とんでもない妄言だ。フランスでこういう発言をする知識人といわれる奴がいたとしたら、袋叩き似合うし真面な知識人からは排除されるだろう。

暗記紙試験の成績だけが優秀な奴、成績が優秀な奴、難関な学校を出たのではなく受かったというだけでちやほやする現日本社会の風潮。だから自分より低学歴の人を軽く扱い見下すような輩がでてくるのだと思う。都知事選に出て二位になった石丸某とかいう奴、人間として付き合ってこんな嫌な奴はいないだろう。すごく頭が切れるぶっているが、世界の大学ランクでベストテン入りもしないたかが京大卒がそんなに周囲を軽蔑出来て偉いのだろうかか。唯我独尊で冷酷非情な兵庫の知事とか、世界の田舎で高学歴の勲章を胸に飾って威張って暮らすいわゆる有名人が日本をどんどん劣化させていると思う。日本は汚職蔓延で後進国になったままのアフリカと同じにみえる。

井の中の蛙。臭いものの中に使っていれば、それが普通になる。

文化、芸術を実益がないと退け、拝金主義と高学歴人間差別の国家からは人間的に楽しいこと、生きる喜びを共有する気持ちは生まれない。

日本の人間関係がギスギスしているのは実利のない無駄と切り捨てる思想の土壌から排出している。

暗殺された安倍が政権の座についてから価値の一極集中、米国追従、高学歴人間差別主義がひりがっている。

パリ五輪開催の祝祭はコンセプトも明確で現代の先端性とフランスの過去の優れた文化を見事に融合した素晴らしい出来だった。学歴だけの秀才には絶対考えられない演出でだろう。

 世界で一億人が見たといわれているが、世界に感動を与えたのはマchがいない。

 エッフェル塔再構築の集団モダンダンス、新進デザイナーを起用してのイエナ橋上でのファッションショー、水上浮かんだ平面版の上でのカラフルなと団ダンスもヨカッタ。メタルロックとオペラを組み合わせた場面も抜群の組み合わせだったし、で空中を浮遊する女たちも面白かっい。

川に浮かび漂う筏のようなステージで女性歌手がジョン レノンの「イマジン」を歌った時には涙が出た。ナカムラという名の黒人女性歌手は初めて見たが大人気は当然だと思った。

点火の時の演出も集団のイメージがあり冴えていて感動的だった。

 

最後はエッフェル塔を舞台に映画「タイタニック」の大ヒット曲を歌ったフランスとベルギーを代表する人気女性歌手がエヂットピアフの歌を熱唱。これも素晴らしかった。

点火された聖火が期間中、コンコルド広場の空中に気球で浮かび続けるというのも独創的ないいアイディアだ。

パリの文化の厚さと深さは凄い。

生きていてよかったと思ったが、同時に死にたくない気持ちも強くなってしまった。