國分功一郎著「暇と退屈の倫理学」を読んだ。とても面白かった。日頃なんとなしに使っている「暇」と「退屈」。これらを深堀するという行為を通じて、さまざまな角度から社会と私たちとの結びつきが構成され、影響を受けているんだと気付かされた。
最近は、アーレントの感想文を書いたかと思う。
そこでは、人びとの消費行動に寄った生活に懐疑の目を向けるようなところがあった。この本でも「退屈」というものを生活の中で感じるその瞬間や状態、これが消費活動に影響を受けているという議論がなされていた。(「浪費」と「消費」の違いが言及されているが、どう違うのか考えることを通じて、思いのほか面白い結論に辿り着いていた。)
著者も冒頭や、結論の前に重ねて述べていることだが、この本は通読することを前提に構成されていた。様々な哲学者のアイデアを紹介し、著者の批判的な分析を展開し、読みやすい文体で論説を行っていた。驚くべきかな、定住生活の議論をしているかと思ったら、その次は生産力の効率の議論、疎外についての議論といように、さまざまな視点からみていくことになるが、その実、全体を通して一貫した論理展開が為されていると感じるのである。
私はどうも社会の流れが速いように思うことが多い。そんななか、自分の流れと社会の流れ、その違いを感じる時、いつもどうしていいのか分からなくなる。私と同じように、このような感覚のある人には非常にこの本はおススメである。

