習慣とは、

真理を確かめるために

考え、感じ、行い続ける実験

 

…かも?

 

 

例えば、何かを先延ばしにする習慣はどうだろう?

 

それって実は

「だって 私、本当は○○が嫌い(苦手・下手)なんです」

 

っていう真理の裏づけになっている気がする。

 

 

今起きている現実から、この○○(真理)が見えてきちゃう。

 

だから、見て見ぬ振りしたくなっちゃうのかもなあ…

 

 

私は、アウトプットを先延ばしにしがち。

 

それはつまり、

 

「だって 私、本当はアウトプットが苦手な凡人なんです。」

 

っていう真理を見せつけてくる…

 

 

でも、こうやって1つ行動を起こせば、

 

アウトプット上手になりたくて一歩踏み出した凡人 という真理が現れる。

 

その"一歩"の前に

「無駄な」と入れれば、即、虚しい。

 

「着実な」と入れれば、普通、つまらない。

 

でも、

「効果的な」と入れれば、即、嬉しい?!

 

 

そうか、日々、効果的な一歩にしていけばいいってことか!

 

そうしたら、今ここに起きている真理を確かめるための実験ってだけでなく、

新しい真理を作り出すための実験になるのかも?

 

 

日々、効果的な一歩を積み重ねて、

「私は片づけ上手なんです」という新たな真理を作り出す↓