なんとなく ヨーロッパ -449ページ目

 なんとなく ヨーロッパ

 フランスに住んでいるので、パリとフランスの話が多くなると思いますが、
 まぁ気分で。




今週は気温が下がって、急に寒くなったような気がします。
まぁ、これが例年並みなんでしょうが。






写真は暖かかった土曜日に撮ったものです。
今はもうコートを着てる人が多いですね。






お金を払って、テレビでサッカーの試合を観れるようにしました。
比較的安いスポーツチャンネルなんだけど、
チャンピョンズ・リーグを観れるので満足しています。





パリ・サンジェルマンの試合は、
他の高いチャンネルが権利を買うみたいで、なかなか観れないんだけど、
バルセロナとかレアル・マドリッドの試合が観れるんです。
フランスのチームと全然違いますね。
バイエルンも強いですね。






メッシとかロナウドとか、やっぱりスゴイ。天才だよね。
彼らが出てると試合が面白い。









聖キアラのバジリカも、やっぱり中は撮影禁止でした。


聖キアラ

1194年 アッシジに貴族の娘として生まれる。

1212年 聖フランチェスコの下で信仰生活に入る。

姉のアニェーゼやアッシジの娘たちがキアラに倣って入信。
女子修道会を創立。(後の聖キアラ会)

1226年 聖フランチェスコ死去。

1253年 キアラ死去(59歳)
1255年 列聖
1257年 聖キアラのバジリカの建設が始まる。






サン・ダミアノで聖フランチェスコに語りかけたという十字架は。
ここに保存されていました。

聖キアラの服もありました。
聖フランチェスコの服と同じように継ぎはぎだらけです。
でもかなり大きな服だから、
『聖キアラは太っていたのかな。』とか思ったりして。


昨日書いたアッシジの城壁が写っている写真がありました。








アッシジの街並には中世のものが多いみたい。
そういわれてみれば、確かに古い。






ペルージャの街並も古くて雰囲気があったけど、
アッシジも中世だったのか。






聖キアラのバジリカがありました。
さらに歩いていくと、古い門がありました。
たぶんヌオヴァ門で14世紀のもの。(下の写真)






アッシジの町は城壁で囲まれているみたいです。
(そうだったのか。)
そういえば車を置いたパーキングから町に入るところにも、門があったな。






一番下の写真は聖ルフィーノ聖堂
1140年に建設が始まったけれど、途中で中断があったりしたので、
3層のファサドの一番上は様式が違っているそうです。