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 なんとなく ヨーロッパ

 フランスに住んでいるので、パリとフランスの話が多くなると思いますが、
 まぁ気分で。




(2014年 春)
サン・ダミアノからサンタ・マリア・デリ・アンジェリに行きました。
アッシジから見えた大きな聖堂があるところです。






町の名前もサンタ・マリア・デリ・アンジェリっていうのかな。
聖堂はサンタ・マリア・デリ・アンジェリのバジリカ。
そのなかに、小さなポリツィウンコラの礼拝堂があります。
(ポルチウンクラという表記の仕方もあるみたい。)






本を読むと、聖フランチェスコは、
ここポリツィウンコラの礼拝堂でも神の声を聞いたらしい。(1208年)
1216年には、幻覚にイエスが現れたとか。
彼は、1226年にここで亡くなっています。
死ぬときは、ここで死のうと思っていたようですね。
修道士たちに、「救世主と聖母が住まう聖なるところ」と話したそうです。






大勢の巡礼者を収容できる聖堂は、
1568年に建設が始まり、1684年に完成。

下の写真は、巡礼者の喉の渇きをいやすために、
メディチ家が献呈したものだそうです。






聖堂の中は撮影禁止だったので、(そういうところ多いな)
3番目の画像は土産物屋で買ったポストカードです。








(2014年4月17日)
アッシジ郊外のサン・ダミアノに行きました。
アッシジと同じ丘の中腹にあって、車だとすぐです。

質素で清潔なところでした。
写真撮影がダメだったのが残念。

聖キアラが42年間を過ごして、そして亡くなったところです。

聖フランチェスコが二十歳過ぎの頃、
「行って私の教会を立て直しなさい。」という声を聞いたのもここです。

当時は、廃墟同然の小さな祠だったとか。





周りにはオリーブ畑があったりして、
長閑なところです。




下は前日に撮った聖キアラのバジリカ。







(2014年4月17日)
朝7時過ぎに起きて、シャワーを浴びました。
浴槽はとても小さいし、シャワーへの切り換えがうまくいかない。
シャワーの方からは3分の1くらいしか出てこないのでした。
まあ、仕方がない。




朝食に下りたら、他に誰もいなかった。
団体の人たちはもう出かけたのかな。ミサに行ったのかな。
朝食は簡単なものでした。ハムとかチーズとかあったけど。





チェックアウトは12時だというので、部屋はそのままにして出かけました。
少し寒い。
聖フランチェスコの聖堂が朝日を浴びて白く浮かび上がっていました。
下層バジリカには、それなりに人が来ていました。
地下のお墓では、写真を撮っている人が数人いたけど、
昨日お経(?)を唱えていた人は机に座っていて、
とくに注意しませんでした。
横の方だったから、見えない位置だったのです。

聖堂を出て、ホテルがあるメイン・ストリート(?)を歩いてみたけど、
まだ開いていない店も結構ありました。

シャプレを一つ買いました。十字架は聖堂に掛けてあったタイプ。
オリジナルのポストカードを売ってる店があって、
マグネットを買いました。手描きだそうです。
オジさんが「何処から来た。」とか言うので、「日本。」と答えたら、
「これを見ろ。」と、店が紹介されている日本の雑誌を指差しました。
ちょっと古くて、ちょっとマイナーな感じの雑誌だったので、
思わず笑ってしまった。

ホテルに戻って、チェックアウトをして、荷物を背負って坂を下りました。
駐車場に行ったら、ちょうどJTBのバスが着いたところでした。
お年寄りが多い団体みたい。

駐車料金は12ユーロでした。
デイリーで10ユーロとか表示があったような気がするけど。
まあ、イタリアだし。

下の
写真は、前日に撮ったものです。