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HTB Lover

ハウステンボス✨✨歌劇団
長崎大好き

ー引用ー

開業以来19年間赤字だったハウステンボスは、なぜ半年で黒字化したのか

ダイヤモンド・オンライン

  

Photo by Yoshihisa Wada

 エイチ・アイ・エス(H.I.S.)は2010年に長崎県佐世保市のテーマパーク、ハウステンボスを買収して再建に乗り出した。旅行会社によるテーマパーク運営という「相性」もあり、それ以前にも助力を打診された経緯があった。また私が熊本の九州産業交通をグループ下においていたので、地元の人たちには「H.I.S.ならば助けてくれるかもしれない」という思いもあったようだ。

 しかしハウステンボスの再建では、私自身のこれまでの成功モデルが通用しない世界があることを嫌と言うほど味わう羽目に遭うのである。

● ハウステンボスの経営支援は2度断っていた

 ハウステンボスは1992年の開業以来の赤字続きで、2003年には会社更生法を申請して経営が破綻した。その後、野村証券系のファンドの傘下で再建、営業を続けていたものの、赤字から抜け出せないままでいた。

 実は、ハウステンボスへの経営支援の打診は2004年ごろにもあった。しかしハウステンボスのある佐世保市は雨が多く、周辺の商圏人口も少ない。それでいて、広い園内には空中電線が1本もないほどの過剰投資がなされていて、その維持にかかる経費は多額に及ぶ。テーマパークとしてはきれいな街であるが、「最悪」とも言える条件下にあると思ったので、支援はお断りした。

 その後、2010年に佐世保市の朝長則男市長から再度、支援の要請を受けた。朝長市長は地元出身で市議や県議を務められて佐世保市長に就任した人だ。それだけに、ハウステンボスの再建は自身にとっても大きな課題と考えられていた。

 とはいえ、一度お断りした2004年当時と同様、最新のデューデリジェンス(価値評価)でも苦しい状況はまったく変わっていなかった。特に、年々老朽化が進む設備の維持・更新費用は年間20億円と推定され、財務状況を考えればやはり再建は難しいと思われた。

 デューデリジェンスの結果は厳格なものであったし、何よりH.I.S.経営幹部も強硬に反対したこともあり、2度目のお断りを申し上げた。そして、秘書には「次のアポイントメントは絶対に受けないように」と指示した。というのは、この連載第1回で白状したように、私には「3度頼まれるとノーと言えない」という厄介な性格があることを、十分に自覚していたからだ。

 しかし市長は、どこからか私の「3度目は断らない」という“悪癖”を聞きつけたらしい。ある日突然、H.I.S.の新宿本社をアポなしで訪ねて来られて、しかも入口で私がオフィスを出てくるのをじっと待っていた。

 市長の姿を見つけて驚く私に、市長はまず突然の訪問の非礼を詫び、改めて「ハウステンボス支援にお力をいただきたい」とお願いされた。

 市長の顔を見た途端、私は「やばい!」と思った。そうなのだ。「もう断れない!」と瞬間的に思ったのだ。

 山一証券系列の旧協立証券(HIS証券から現・澤田ホールディングス)の買収でも、3回頼まれると「ノー」と言えない性格が“災い”してさんざん苦労したというのに、今度はハウステンボス再建に乗り出すことになった。

● 「人は値段だけでは動かない」と知る

 ただ、まるで勝算がなかったわけではない。確かに財務状況はボロボロだが、「100%減資と債権カット、さらに固定資産税の免除があれば、石ころに見えるハウステンボスも磨けばダイヤモンドになるかもしれない」という読みを持っていた。

 そこで2010年2月、管財人と交渉して支援の条件を決定した。100%減資し、H.I.S.が20億円、九州電力や西部ガスなどの地元企業5社が計10億円を出資すること。さらに金融機関には債権の8割をカットしてもらい、残りは増資で得たお金で返済するというものだ。こうして借金ゼロの綺麗な身になり、あとは黒字さえ実現できれば生き残っていける体勢を整えたのである。

 身軽になった新生ハウステンボスの経営は当初、若い人に任せようと考えていた。しかしH.I.S.社内で手を挙げる者はいなかった。そこで仕方なしに私が社長になり、現地で指揮を執ることになった。「中途半端な気持ちでは再建できない」とハウステンボス内のホテルに住まいを移し、1ヵ月の3分の2はハウステンボスに時間を費やした。

 基本となる再建戦術は、私自身の成功体験となっている「安さ」だ。そのために2010年3月に着任すると、従業員には「経費を2割減らそう。そのためには仕事のスピードを2割速くしよう」と訴え、4月には入場料を3200円(大人)から2500円へと大幅に値下げした。

 また有料ゾーンを中心部に限定して全体面積の約2割を無料ゾーンとして公開した。これはいわば「チラ見せ戦術」だ。さらには3ヵ月間限定での「平日午後3時半~午後5時半までは入場料無料」も打ち出した。まずはハウステンボスの魅力に触れてもらうことで、潜在的な優良顧客の発掘や育成をしようと考えたのだ。

 ところが入場者数が増える気配はいっこうになく、むしろ減っていくのである。

 「えっ、どういうこと? こんなに素晴らしい施設をタダで見られるのに、なぜお客さまは来てくれない……?」

 自らの成功体験が通じない初めての事態にショックを受けると同時に、頭を抱えてしまった。「さて、どうしたものか」と悩みつつ、改めてハウステンボス中を何度も何度も、歩いたり自転車で回ったりして考える日々になった。

 そのうちに気づいたのが、パーク内がとにかく暗いということだ。お客さまは、日常を離れ、非日常のなかで明るく楽しい気持ちになりたい。だからこそテーマパークに来るのだ。しかしハウステンボスでは、経費削減で園内の電灯を消したり、ライトアップする施設の数を減らしていた。雰囲気だけでなく、実際に「暗い」のである。そんな場所ではお客さまは暗い気持ちになってしまい、さらにお客さま離れが進んでしまう。

 「世の中には値段だけではないものがあるのか」。そう気づかされたのは大きなショックだったが、同時に再生の糸口が見え始めたような気もした。

 教訓を先に書けば、お客さまにはいろいろな層がいて、それらに見合った対応をしていかなければ生き残っていけないのだ。ある層のお客さまは値段ではなく品質やクオリティが問題であり、一方で別の層のお客さまは、やはり値段を重視される。

 ごく当たり前のことなのだが、私は格安航空券販売の成功体験が強すぎて、しかも体の芯にまで染みついているものだから、こんな当たり前のことさえ分からないでいたのである。

 ハウステンボスに来ると暗い気持ちになってしまい、ますますお客さまが来なくなる。この“負のスパイラル”はどうすれば逆転させることはできるのか。借金は返したが基本的に金はない。窮余の策で、「マイナスをプラスにする」しかなかった。つまり「暗くて寒い」ならば「明るくて暖かい」にする。

 そこで2010年の11月にはイルミネーションイベント「光の王国」を始めた。園内全体を約700万個のLED照明で飾り、園内全体を明るくする。イルミネーションの優しい光に包まれるとお客さまの気持ちは自然と温かくなる。初めて手応えのあるイベントとなった。

 ちなみに、夏場は逆に「暗さ」や「寒さ」を利用してみた。老朽化してお化け屋敷のような雰囲気だったエリアを、「本物のお化け屋敷にして再生しよう」と考えたのだ。古さを生かし、「スリラー・ファンタジー・ミュージアム」として営業を再開した。今では、最先端の代替現実(SR)技術で現実と嘘の区別がつかなくなるホラーアトラクションも揃えている。

● 一番の難題は、従業員の「負け癖文化」の解消だった

 さらに、当時のハウステンボスが抱えていたもうひとつの「暗さ」は、従業員が発する沈滞ムードによるものだった。その払拭も大きな課題となった。

 私はハウステンボスでは10人目の社長だった。つまり18年間で9人も社長が入れ替わっていたのだ。赤字続きだったので、従業員には10年近くボーナスは支給されていなかった。毎月の給料も下がることはあっても上がることはない。

 だから従業員は長続きせず、優秀な人材はどんどん辞めていた。こんなことを書いては怒られそうだが、私が社長に就任した当時にハウステンボスに残っていたのは、ハウステンボスが心底好きな人たちか、地元で他に働き口がない人たちのどちらかだった。

 私が社長に就任したときも、従業員の気持ちは暗く沈み、白けきっていた。「新しい社長も、どうせ数年もしたら代わってしまうだろう」「だから適当にやっていればいいんじゃないか」等々。いわゆる「負け慣れ」「負け癖の文化」だ。

 私は、従業員には数値的な目標は強く打ち出さなかった。ただ、「私の言っていることをやってくれたならば必ず黒字になります。黒字になればボーナスを出せます。今までボーナスがなかったのだから、出るとなれば嬉しいじゃないですか」とだけ訴えていた。

 それでも、最初はやる気を見せてくれない。それはそうだ。企業が抱えるさまざまな文化や風土のなかでも、負け癖の文化ほど根が強く、しつこく、変えにくいものはない。数値目標を示したところで、従業員は一所懸命仕事をやって来たからこそ信じられない。機械以上に人の心は痛みやすいものなのだ。

 まずは負け癖を抱えたままの管理職層は降格させ、新しいチャレンジを奨励するようにした。例えばペットの入場制限の撤廃や釣り堀「シーテンボス」オープンの提案など、こうした試みは積極的に承認した。前述したホラーアトラクションの開設や、それに伴う飲食店の営業時間の延長なども社員から出てきたアイデアだった。「お客さまのために」であれば、なんでもやってみよう、という空気にしたのである。

 それでも従業員の気持ちを前向きにさせたのは、「黒字という結果」だった。社長に就任して半年で、ハウステンボスは半期決算とはいえ黒字を出した。経費削減を進めたり、佐世保市から固定資産税や都市計画税の期間限定の免除を受けた効果なのだが、それでも「黒字は黒字」である。

 私は「黒字になればボーナスを出せる」と金の話をしていたが、そもそも黒字を体験したことがない従業員には「自分たちの手で黒字にできた」という喜びこそが大きなモチベーションになった。

 もちろんたった半年のことであり、黒字といっても、完全で安定的な黒字体質への転換を意味していたわけではない。だが、「次はこんな風にしたらこうなりませんか」と考える夢を与えられれば、人は努力を惜しまなくなるのだ。

 赤字が続き「よれた羊の群団」になっていた従業員に、一気に狼と闘う力をつけることはできない。「明日から狼のように走れ」と命じても走れない。走ったところでよろよろしている。しかし走った先に新たな夢や希望があると知れば、たとえゆっくりでも走り続ける羊にはなれる。

 今、ハウステンボスの従業員は、少し仕事が面白くなってきたのではないか。相変わらず維持費はかさむが、黒字化したことで修繕積立金を何十億円も積むことができて、従業員はむしろ立派な施設を維持することが喜びになっている。

● テーマパークではなく、観光ビジネス都市に転換させる

 利益も出ている。ハウステンボスは前期に約75億円の営業利益を出した。一時は「石ころは石ころか」と思い悩んだが、やはり「磨けばダイヤモンド」だった。

 最初に思い知らされた「お客さまは値段だけではなかった」という失敗も、利益を出せるようになったことで、より丈夫な成功の種にできる。これはハウステンボスと、従業員たちが私に新たな考え方を植え付けてくれたものだ。

 例えば、リゾートの高級感を味わいたいお客さまには、既存のホテルの設備更新を進めて高い料金でも泊まっていただける環境を整備する一方で、お値段優先のお客さまには徹底的にコストを省いた廉価な「変なホテル」(後述)を用意し、楽しんでもらえるようになった。こうした投資ができるのも基本的な利益を生み出せるからだ。

 またイベントにもお金を回せるので、より楽しいイベントを企画してさらにお客さまを呼べる。こういう好循環に入るとビジネスモデルは確固としたものになり、すべてが「正のスパイラル」に入っていく。

 ただ私は、ハウステンボスを「あくまでもテーマパークとしての存在」にとどめようとは思っていない。どのようなテーマパークでも、いつかは飽きられ、再び負のスパイラルに足をすくわれる事態が起こる。そうしたときのために、しっかりした準備をしておくことが重要だ。

 私の構想は、ハウステンボスを「観光ビジネス都市」へと転換させることだ。ハウステンボスの敷地面積は約152万平方メートルあり、これはモナコ公国とほぼ同じ大きさだ。言うまでもなくモナコ公国は、世界で2番目に小さな国だが、南仏コート・ダジュール地方の高級観光都市(国家)として知られている。

 テーマパークではなく都市としての機能を充実させれば、国際会議や国際イベントの招へいなどできることはたくさんある。またさまざまな社会実験に取り組めるようにもなる。小型無人機(ドローン)の飛行試験や、自動車の無人運転といった公共空間では難しい実験にハウステンボスを開放することもできるようになる。国内外の企業や自治体と手を組んで、新しいビジネスチャンスを創造できるだろう。

 考えてみれば、都市なのだからホラー施設があってもいいし、花の王国のようなイベントもあっていいし、港では釣りができてもいいし、夜遅くまで開いているバーがあってもよいのだ。

 その都市づくりの第一歩として手がけたのが発電と電力の小売事業であり、もう一つが先述したロボットを活用した「変なホテル」だ。

 発電では、施設内に出力7500キロワットのガスエンジン発電機を導入し、2016年からは小口の電力販売に参入した。

 「変なホテル」はロボットがチェックインからチェックアウトまですべてに対応する。万が一に備えてバックヤードには人間のスタッフが待機しているが、それも7人で、他の同規模ホテルと比べれば5分の1。つまり変なホテルは、他に比べて5倍の生産性を持っていることになる。

 ちなみに「変なホテル」は、H.I.S.のホテル事業にも横展開できるものであり、これからハウステンボスだけでなく全国に本格的に展開していく。その準備は整っている。

 さらに佐世保市にお願いして佐世保港の改修工事も進めていただいている。大型船が接岸できるようにするためだ。船の誘致やチャーター事業などはH.I.S.本体が担い、お客さまをハウステンボスでお迎えすれば、地元の経済にも貢献できる。つまり佐世保港は、観光ビジネス都市としてのハウステンボスの重要なインフラなのだ。

 ハウステンボスの再建では書きたいことが山ほどある。従業員との苦労話だけでも、この連載の1回分になるだろう。

 ただ何度も述べているが、ハウステンボスの再建に奇策があったわけではない。失敗に落胆し、お金もないなかで小さなことから改善を重ね、小さくても利益を出して好循環に育てる。やったことと言えば、ある意味でその程度のことなのだが、事業とは不思議なもので、そうしたことを地道に積み重ねていれば、ある瞬間に大きな転換期がやってくるものなのだ。

 (エイチ・アイ・エス会長兼社長/ハウステンボス社長 澤田秀雄)

澤田秀雄



ー引用終わりー