もう10月も半ば…

そろそろ年賀状の準備をしなければ、ですね。


毎年、1600枚少々の年賀状を出しています。

年賀状だけのお付き合いの方もあるけれど、大事なコミュニケーションツールですよね。


お花がテーマの写真を準備して…
コメント(行く年の私と来る年の私)を書いて…
今がんばっていることの報告を…

社会の状況は厳しいけれど、
私がすることは、きっとうまくいく。
私と出会う人は、私にとって出会うべき人。

そして、いつも思う。
いろんな希有な出来事に暇はないけれど

それでも、私は運がいい。

そうなんですよね。
感謝しています… すべてに…

Twitterに心を奪われながらも、ときどき(^_^;)は…更新しますね。

読んでくださる皆さん、ありがとうございます。
そうでなくても更新しないブログが、ますます久しくなっています。

そうなんですよ。

Twitter

どうしても、どちらか一方へと片寄りが…。


また、そのうちに 平衡を保てるように… なる… かしら?
先週の土・日曜日、丸亀に出張でした。

$広島からどこへでも飛ぶ講師ブログ宇多津グランドホテル

とあるスーパーマーケットでの1日子ども店長の企画。

いつも店長がどんなことに気を配り、どんな気持ちで、どんなふうに仕事をしているのか。

わかってくれたかなぁ~。

$広島からどこへでも飛ぶ講師ブログ

すごく緊張していたけれど、一生懸命に聴く姿勢は、とてもすてきだったよ。

夏休みの思い出の1日になっていたら… うれしいです。

$広島からどこへでも飛ぶ講師ブログ
広島からどこへでも飛ぶ講師ブログ-carioka

もう35年以上は使い続けていると思う…
CARIOCA 

これで入れると、コーヒーが本当においしいドキドキ
毎日毎日かお 朝がこのコーヒーメーカー音譜で始まる。

10年くらい前、ガラスポットを叫び割ってしまって、同じメーカーの新しいものを購入したけれど、
なんか… 味が違うシラー

他社のコーヒーメーカーも使ってみたけれど、味が… いまいちむっ

サイズが合うものを探して、また使い続けてコーヒー
ミル部分は壊れていて使えないけれど…

宝石赤これだけ長-く使うと、もう手放せ目ないでしょ。


Nationalさん、こんな魅力的なラブラブ!コーヒーメーカー、また作ってもらえないでしょうか。
ふたりの子どもが母親に放置され、餓死。
あってはいけない事件。

私たちの時代には考えられない、想像も出来なかった事件。


でも… 数十年前、子育てをしながら、私自身もあの母親と同じ気持ちになったことがある。

この子達がいなかったら、どんなに自由だろう。
確かに自分だけを頼りにする子どもはかわいい。
でも24時間、離れる時間は一秒たりともない。

独身の友人達は、恋に遊びに…自由を満喫している。
自分が働いたお金は、すべて自分のために使うことが出来る。

もしも…この子達がいなければ、行きたいところに行って、友人達と楽しめる。夢もある。
精一杯働くことも出来る。

出来ないと思えば思うほど、現実が重かった。
こどもに時間を取られて、自分にかまうこと、きれいに着飾ることや欲しい物を我慢しなければならない現実。
見ない振りをしよう… 考えないことにしよう… 別のところで生きよう。
家を片付けるのも、食事を作るのも、ご機嫌を取るのももうイヤだ。
私には私の自由を満喫する権利がある。

ずいぶん自分勝手な言い分だけど、今の世の中には途方もなく巧妙な誘惑が山ほどある。


私がその気持ちを行動に移せなかったのは…

愛?それがなかったかと言えば言い過ぎだけれど…
純粋にこどもが可愛かったとか、愛していたとかいうきれい事ではなかったと思う。

「女」は「母」としてこうあるべきだとの既成概念があった。
隣近所の目があった。
「いい人」でなければならないと育てられた。人としての倫理がカセとなった。
「人」として、こうすべき、ああであるべき、こうして当然…。
その縛りが許せないと腹を立てながら、わが子達を抱きしめて、孤独感に泣いた。
泣いて、歯を食いしばってイヤなことや、面倒なことを無理矢理こなした日もあった。
我慢しよう、辛抱しようと言い聞かせたのは、親でも他人ではない自分。
自分で蒔いた種は、自分で刈らなきゃと。


遊んでいる同年代の友人たちには、何年か後きっと私の選択が間違っていなかったと胸を張って言おうと心に決めた。
楽なこと、そのときだけのこと、目先のおいしいことに逃げてはいけないと、子どもの存在が教えてくれた。19歳で長男、21歳で長女を産み、若くして母親になった私。

相談する行政機関があったとしても行かなかったと思う。
親でもない。

まともな考え方を持った、身近な友人の助けがあれば…?
その友人が本気で叱ってくれたら、動いた?

事件の母親が、人間としてまともな友人を持てないくらい未熟で雑な人生を選択してきたのだと思う。
そして親身になって力を貸してくれる友人がいるような「人」ならば、こどもを放置することもなかった。
子ども達の父親も、あの母親が未熟で雑に、そのときだけの気分で選んだ、いい加減な人。
子どもを生むことにも決心なんてなかったに違いない。
生まれてしまってからも、責任なんて感じない。
自分自身のそのときだけの楽しみと喜びの自由のために。


日本は、スイッチひとつで、産み出したこどもをも感情抜きでリセット出来る人間を作ってしまった。
私たちの年代が産み出した、間違った自由と権利を振り回す人間達。


子育て教育を放置してしまった日本の現実。