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ぷにのブログ

内容に一貫性はまったくございませんが、楽しんでいただければ幸いです♪

アメブロから不正ログインの連絡が来たので、ついでに久々に書いてみようかと。

毎年この時期になると「一年ってあっという間!」とおもうけれど、意外とそうでもない。やっぱり365日であることに変わりはないし、十分いろんなことをしている。大きな変化はないに越したことはない。

今年はまったく身にならなかったが、よく勉強したし、海外にも主人の出張の同行で二度ほど行った。鉛筆の持ち方も治ったし、整体に通い始めて体調もすこぶるいい。飲みすぎて数回吐いたけど、まあこれも想定内…自分の事だけでみると、なんともいい一年だったように思う。

あ、そういえば個性的な母とは大ゲンカをした。母の誕生日のお祝い&プレゼントを買いに、主人のマイルを使って大阪まで一泊で行った時のこと。去年歩いてて痛くなった靴を、なぜか今年もはいてきて、当然「イタイイタイ」となり、今年のプレゼントは靴に決定。その場で履き替えご機嫌に。でもこの日は虫の居所がイマイチだったらしく、終始うっとうしい。でもお祝いで来てるんやし…とぐっとこらえる私。

夕飯はいつもと違うものがいいとかいうので、大阪に最近オープンした「俺のフレンチ&イタリアン」へ連れて行った。どうも、禁煙だったのと、椅子の座り心地がよくなかったのが気に入らなかったらしく、ここでも少し不機嫌。なんやかんや食べた後、お店が混んできたのもあり、メインがこない。あとからきた隣のグループに、前菜やらがどんどん運ばれてくるのが気に入らないらしく、私が注文を忘れてるのではないか?とかこの順番はおかしい!とか隣に聞こえよがしに言ってみたりする。こちらの注文は時間がかかるものだから仕方がないと説明するも、だんだん面倒になってきたので「キャンセルして違うお店にいこか」と提案。これがなぜか怒りに触れたらしく「これだけ待たせて帰るとは何事か!」と怒りの矛先が私に向いてしまう。
…あー思い出すのもめんどくさい。

そのあと、無事メインも堪能し(ここは彼女の強みだと思う)、少し酔っている彼女は帰りの電車で、またなにかしらの地雷を撒き散らし、案の定それを踏む私。晩御飯もいつも行く感じの割烹とかがよかったらしい。なんのこっちゃ。

ワーワー電車で怒り出し、家までの道のりもワーワー怒りっぱなし。

もうヨレヨレの私は帰りの道で「もう、ちょっとしんどいわー。どっかホテルとるわー」となってしまった。それを聞いた母は、履いていたプレゼントの靴を「こんなんいらん」と道に投げつけ、古い靴を履いてスタスタと1人お家に向かって行く。

こんなとこにゴミを置くわけにはいかん!と妙に冷静な私は(別に私は怒ってはないので。疲れきっただけで(笑))「宅急便でおくるねー」と彼女の背中に向かって叫び、ホッとしながら駅に向かう。

さて、改札を通ろうかと思うと母から電話。家で私の事を楽しみに待っている、母の旦那さんの気持ちを踏みにじるのか!あんたは人間の心をもってないのか!と電話の向こうから聞こえる。

心の底からめんどくさい…と、一度はうっとうしすぎて切ったものの、確かに旦那さんには罪はない。何もなかったように過ごすのなら…を条件に家に泊まる事に同意する。

家の前で待つ母は、私の顔を見ると「おかえり」と言った。あのまま帰って、なにがあったか説明すると、旦那さんに怒られたのだろう。
完全になにもなかったように振る舞った母娘。旦那さんはとても嬉しそうで、まあよかったかな。

しかし、母は気づいていない。私の心はドアパタン。閉店ガラガラ。昔のトラウマ祭りだわっしょいわっしょい♪なのだ。

長くなってしまったが、あの日以来(7月)連絡は一切とっていない。元々彼女から連絡がくることは訃報以外ないので、音信不通になるのもお互い様なのだが。

もう歩み寄るのはちょっとやめてあげよう、自分のために。お正月も今年は帰らない。そう決めただけで心が軽くなる。

ということで、色々あったが、全体をみるとやっぱりいい一年だったのである。

来年もきっといい一年になるんやろなぁ。頑張ろうー

みなさんもよい年末年始をお過ごしください!
最初の日記→ニュージーランド日記①
ひとつ前の日記→ニュージーランド日記⑪

あまりに中途半端なので、二年ぶりに続きを書いてみることにする。そしてこれで最終回にしちゃえ♪

とうとう店作りが始まった。移動式のお店ということで、雰囲気は日本でもよくあるメロンパンの移動のお店のような感じである。しかし、バンを改造する…というものではなく、車の後部にお店の前部を金具でがちゃんとはめ込んで移動させるというものだ。
しかし侮ることなかれ。店の内部の規制は非常にうるさく、内部の壁は普通のお店と同じような衛生条件をクリアした素材のものを使用。そして、お湯が出るシンクもないといけない。さらに冷蔵庫も完備…と完全にミニキッチンそのものである。中で立つことはできるが、車より少し短いサイズのものにそれだけのものを詰め込まないといけない。
結局、なんとかあいてるスペースを駆使して、ガスコンロ(日本であるような)まで設置することができた。

デザインとアイデアはすべて自分で出したが、作製はもちろんプロにお願いする。
ヨシさんにお借りした100万円はみるみる減っていった。

しかしもう戻れない。あとは前進あるのみ!とうとう開店の日がやってきた。

そしてドキドキの開店に際し、また協力者が現れる。
日本レストランで英語が通じないとピーピー泣いていた時から、ずっと可愛がってくれていたサワさんだ。彼女はNZ人と結婚し、子供も英語のみで育てあげ、完全に町に溶け込んでいる人。そんな彼女はヨシさんともお友達で、いつも背中を押してくれる人だった。彼女の旦那さんは地元の新聞社の編集長。なんと、私のお店のオープンの日に地元新聞の一面にでかでかと写真入りの記事を載せてくださったのだ。

お陰で知り合い以外のたくさんの方が、町にお買いものに来たついでに来店。カートの中では追加でつくることはできないので、結局早い時間に無事売り切れて初日終了!
不安は喜びへと変わる。この日を皮切りに、間借りした中華レストランのキッチンで毎朝寿司を巻きまくる。そして切って、カートの冷蔵庫へ。副菜にツナサラダ、味噌汁、日替わりメニュー(おにぎりやチーズケーキなど何でもあり。こだわりはゼロだが、日本っぽさは常に意識していた)、冬はカレーライス…と思いつくことは何でもトライしてみた。
だって自分の店だもの。

結果、2年近く店を続け、権利ごと買いたいというNZ人のカップルに売却。無事にヨシさんに借りていたお金を返し、儲けたお金でオーストラリアに移住を決意したのだった。

実は先日12年ぶりにネルソンに一人旅をしたのだが、なんと私のお店が色んな人に引き継がれていて、まだ同じ場所で寿司が売られていた。店の外観などはかなりアジアンテイストになってしまっていたが、パーツはそのまま。値段は倍(笑)
どこの国の人がオーナーだったのかは不明だが、正直感動した。

何年も昔のことになると、本当の出来事だったのかな・・・なんて思うことがあるけれど、あれを見ると自分の頑張りや時間は、ここにしっかり存在してたんだなと改めて実感することができる。

今は今でとても楽しいし、生活も仕事も人間関係もすべて安定している。でもこれからもし何かがあったとしても、たぶん何とかなる。NZでの7年間は、そのあともずっと続く私の人生に根性と自信を与え続けてくれている。

とりあえず、このシリーズはここで『完』ということで♪
読んでくださった方、ありがとうございました!





ひっさびさにブログを更新したら、知らない人からコメントがちらほら。しかも同じ文面(笑)
その人たちのブログを覗いてみたら、なんちゃらで稼ぎました的な内容ばかり(^_^;)(普通の記事も載せたりして、ちょっと手が込んでいる)
それを見て、お!私も!なんて思う人がいるのかしら…
人生そんなに甘くないでしょうよ(-_-)ま、人それぞれなんでいいんですけどね。
おいしい話にはほぼ100%裏があると思うので、みなさん気をつけましょうね~
あんまり思いたくないけど、ややこしい人は世の中にたくさんいるっぽい(^_^;)
どうぞ、私と私の大事な友達や知り合いや家族や親戚達に近づきませんように(^人^)