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ぷにのブログ

内容に一貫性はまったくございませんが、楽しんでいただければ幸いです♪

最初の日記→ニュージーランド日記①

ひとつ前の日記→ニュージーランド日記⑩


中国に行くからお店を閉めると言い出したラモン。私はどうすんの~(T T)と言っていてもはじまらない。食べていかなあかんし、家賃も払わなあかんし・・・と現実は常についてくる。


マーケットの時とラモンのお店で常連客もだいぶついていた。「お店やればいいのに~」という声もいくつかあった・・・しかしどこにそんな資金がありまんねん。としか言えなかった。


が!捨てる神(ラモン)あれば拾う神あり。ネルソンの町には何人か長年住んでいる日本人の方たちがいるのだが、その中の一人のヨシさんという方が「えっちゃんが頑張るなら融資してもいい。無利子で返せる時に返してくれたらいいから。」と100万円ポンと貸してくれたのだ。

24歳くらいの気合だけの子に・・・と思ったのだが、昔ヨシさんも同じように助けてもらったことがあるらしい。周りの信用できる大人たちも「頑張りなさい。」と背中を押してくれた。


ここからが大変だった。まず、考えたのは町かどで出店できる移動式のお店にするということ。それだったら家賃が断然安い。そこで市役所に掛け合ってみると、「一か所空きが出る予定があるが、出店したい人たちのアイデアを聞いて、デザインなども含めて一番いいお店に権利を与える」というではないか。

担当者のうちの一人は、なんと私がマーケットで出店する際、私のキッチンなどを確認しに来てくれた人だった。彼は「頑張って内容で勝負しろ」と励ましてくれた。


結局「巻き寿司」がメインで、メニューは生魚はNGだったので「スモークサーモン」「牛肉の生姜甘辛いため」「カニカマ」「チーズ(ベジタリアン)」の4種類。1本で8ピース。8ピース買うと安くなるが、1ピースから買うことができる。上の部分を斜めに切ることで、綺麗なケーキのようにも見え、大きくも見えるようにした。まだ寿司があまり知られていなかったこともあり、地元の人に試してもらうには1ピース売りが最適だと読んだのだ。


お店のデザインも上半分はテントの様な生地で濃いブルー。道路の角ということで、ビニールを窓のようにし、天気がいい日はロールアップし、寒い時などはそこを閉めても視界は損なわれない。

下の部分は卵色。優しい仕上がりにしてみた。


アイデアを提出し、結果を待つ。・・・他に出店している店と内容がかぶらず、実績もあるということでなんと権利GET!アイデアを現実化させることになった。


ここから店づくりが始まり、めまぐるしい毎日を過ごすことになる。

続きはまた今度。

最初の日記→ニュージーランド日記①

ひとつ前の日記→ニュージーランド日記⑨


またもや何カ月もあけてしまった・・・しかもこれ10個目のブログ。ながガーン



無事ワークビザを取得し、NZに戻った私。ここからは相変わらずの毎日だった。


そういえばこの時期、車の事故に遭ったことがある。ラモンのお店は、スーパーの前にあったので、彼のところに行く時はいつもスーパーの大きな駐車場に車を止める。


ある時、いつものようにラモンに寿司を届け家に帰ろうと普通に駐車場をゆっくり走っていた。角に差しかかった時、前方に斜め線の入った駐車禁止のエリアでなぜかUターンをしようとする車を発見。通れないので少し停車して待っていると、なんとバックで突っ込んできた。クラクションを鳴らしたものの全く気付かず・・・後部座席のドアのところにぐしゃっとぶつかられてしまった。


そのとき彼は「ごめん」と言ったのだが、英語が苦手な日本人と分かると、「でも君が悪い」なんて言い出すではないか!思わず「100%あんたが悪い!」と言い返す私。

法廷で決着をつけよう!となんともすごい展開になってしまった。



法廷と言っても、民事裁判なので相手と私と裁判官と、あと次の人がギャラリーみたいな感じ。しかし英語が苦手な私としては、十分ハラハラできるロケーションだった。


裁判が始まり、なぜか向こうのお父さんが出てきた。空から撮影したスーパーの写真と車の模型を持って(-_-;)そしてしきりに私が悪いと攻め立てる。しかし、攻めてくる内容が全く違うのだ。


そもそも変なところでUをかましている彼がまず変なのに、「その日はマーケットがあり車も多く・・・」と始まる。マーケットは土曜日。その日は平日・・・アジア人を馬鹿にするのにも程がある。

「彼女が突っ込んできて」・・・私の後部座席がどない突っ込めるねん。止まってたっちゅうねん。と突っ込みどころ満載。(曜日の部分は突っ込めたが、さすがにあとは英語では無理だった)


結局、ラモンが気を利かせて周りにいた人に証人になってくれるようにお願いしてくれていて、その方達が証言してくれたので私の身の潔白は証明された。


最後に裁判官が、「So, you don't think this is your fault.(君は自分に非はないと思うんだね)」と聞いてきた。「Yes(はい。私に非があると思います)」と答える私。焦せる裁判官。

そう、ここは「No.(はい、私には非がありません。)」と答えるべきだったのだ。賢い裁判官は「Was it your fault?」と言い直してくれ、「No.」と再度正しい答えで丸く収まったのだが・・・

YesとNoは本当に危険!と身をもって感じた瞬間だった。


正直、その時のっていたダットサンは71年ものだったか、かなり古い車だったので、修理費と言ってもさほどかからなかったと思うが、そのわけのわからんところでクルクルUターンしてる人の修理費まで出すのはたまらない。しかし、模型まで出してきてだませると思ったなんて、本当に馬鹿な親子だった。



そんなこんなで毎日を穏和に過ごしていた私だったが、ある日ラモンが『俺、中国行くわ。だから 店閉めま~す』と言い出した。私、ピーンチの状態がまた訪れたのだ!


続きはまた今度。今度こそあいだがあきませんように・・・

続きができました→ニュージーランド日記⑪

先日父と電話で話した時、正月過ぎから血圧が非常に上がり、180くらいから下がらないと連絡があった。


「大丈夫?パパ、そんなんやったら120まで生きられへんで~」と冗談めかしに言ってみたら、「せやからすぐ病院行ったんや。」と父。(・・・この人、本気で120歳目指してる)と心の中でつぶやく私。


「理由は分かってるんや。正月むちゃくちゃ飲んで、むちゃくちゃ食べたのが原因や。」とちょっと自慢げに伝えてくる。奥さんが亡くなった時、92キロくらいだった体重も、自由気ままにしているうちに95キロまで増えていったらしい。


昨日検査を終え、詳細はまで出ていないが、とりあえず無茶さえしなければ大丈夫だと医者から告げられた父。


先程電話があり、「お父さんなあ。ホンマの理由分かってるんや」と告白された。


「あんなあ、やめられない止まらない~♪のお菓子あるやろ。なんやったっけな~・・・あ、かっぱえびせんや。あれをなあ、由美(奥さん)が死んでから毎日1袋食べてたんや。それが原因や。やめたら血圧だいぶさがってきてるんや」


・・・かっぱえびせんを毎日1袋×6カ月=180袋???

「私がいてた時食べてへんかったやん!」と気を取り直して聞いてみると、「缶カンあったやろ?あの中にはいっとったんや。」と大笑いする父。


「いままでそんなん食べてた?」と聞くと、「はまったんや~。」とこれまたちょっと自慢げな感じだった。


あまりの浅はかさに、おもろすぎるとしか思えない。


現在71歳の父。120歳まであと50年。これからも色々わらかしてくれるんやろうなあ(^_^;)