今日は懐かしい友達と会いました。
三女が聾学校(幼稚部)に通っていた時の同級生のママたちです。
聾学校の幼稚部は母子通学だったので、毎日娘と一緒に学校に通い、日中を聾学校で過ごしていました。
私たち親子は年中の3学期から通い始めたのでほんの1年余りの期間だったのですが、他の人は子供が赤ちゃんのころからずっと通っていた人もいて、毎日毎日、本当に密接な関わりを持っていた人たちなんです。
子育てに加えて、勉強(ことばの)やPTA活動などなど、いろんなことがありました。決して楽しいことばかりではなく、いやな思いをしたこともあったし、いろんなことに悩んだり、つらい思いをしたことが、それぞれにあったと思います。
私の場合、つらかったことといえば、息子のことでした。
聾学校に通うことになったとき息子がまだ0歳で、どこにも預かってもらうことが出来ず、また、聾学校からはつれてきてはダメだといわれ、仕方なく聾学校に行く途中にある民間の小さな小さな(無名の)託児所に預けて通わなければならなくなりました。それまで、自分の子供を人に預けたことがなく(保育園など)、幼稚園に入園するまでは全部自分の手で育ててきたので、仕方ないにしろ、他人の手にまだ幼い我が子を預けなければならなくなったのが、とてもつらかったのです。
聾学校が終わって急いで迎えに行くと、狭いサークルの中に入れられてボーっと立っている息子の姿が、なんとも不憫でなりませんでした。託児所の人から息子を渡されると、車の中でギューっと抱きしめて、お腹いっぱいお乳を飲ませてあげました。そのうち、スヤスヤと息子は眠りだし、そっとベビーシートに寝かせて我が家につれて帰る、そんな毎日でした。
毎日の車通学の時間、娘とのいろんな会話や言葉の勉強、歌のおけいこなど、どれもとても楽しかったのですが、唯一息子のことだけは今思い出しても胸がキューっと締め付けられるような気持ちになります。
で、今日はそのときに一緒に毎日通っていたお母さんたちの一部(私を入れて4人)で久しぶりに会って、いろいろとおしゃべりしました。
今日来た人の一人が、聾学校卒園後、旦那さんの仕事の関係で千葉に引っ越して(もともと関東の方だったので)、息子さんは筑波大学付属の特別支援学校に通っていたのですが、その数年後、旦那さんだけが再び関西に転勤になって単身赴任されていたそうなんです。でも、いよいよ6月から関東に旦那さんも戻れることになり、その準備に、奥さんが連休中、関西に来られていたのです。 私は、特にその奥さんと仲がよかったので、久しぶりに連絡が来て会えることになり、とても嬉しかったです。
長い時間、いろいろと話をしました。尽きることがありませんでした。
聾学校に通っているときは、それぞれいろいろとあったと思いますが、今となってはいい思い出です。
『友達』 というより、ある意味 『同志』 のような感覚です。
懐かしく、楽しい時間でした。不思議な縁で関わりを持つことになったのですが、私にとってはとても思い出深い人たちなんです・・・。
今回は急な話だったので、都合のつかない人も多かったのですが、また近いうちにママたちの同窓会をぜひとも企画したいと思います。
