今年初頭に、2023年を占った時、「孤独を楽しむ」というカードと、「自立」のカードが出た。



2月に入って、寂しさを感じるようになり、孤独を認識した。



いつまでもこんな寂しい状況だったら、環境を変えよう、と強く思った。



獅子座の満月には感情が激しくなり、寂しさからくる苛立ちを最大限感じた。



過去のもの。



私には今、寂しさを感じることが必要。



感じきることが必要。



自分の心に、寄り添うことが必要。



冥王星水瓶座に入る頃、タイミングはやってきた。



もう、これは処理案件。



昨日電車に乗っていると、ひとつの広告が目に止まった。



自立って、いろんな人にちょっとずつ頼ること。



ふわぁ、、、。



これ、出来ていなかったかも。



自分ひとりで頑張ることが、自立と思っていた。



それが自立するということの怖さでもあった。



いいんだ、頼っても。



そんな日の夜は、おむつの夢を見た。



汚れたおむつがあったので、片付ける夢。



自分の子供のではない。



イベント会場で、誰かが捨てていったみたいだ。



誰のか分からないゴミだけど、自分が捨てた。



ふたっつ汚れたおむつ。



両方とも私が捨てた。



最近金銭トラブルがあって、自分はいつになっで無駄なお金を使っている、と感じた最中の夢。



後先考えず稚拙だと感じていたばかり。



本当にお金問題を、クリーンにしよう、自分のために良いことに使おう、と誓った。



人の尻拭いだとか、騙されるとか、無駄でしかないものにお金を出してきた。



もう、本当に、これをやめよう、と思った。



お金がかわいそう。



素敵なエネルギーに変える、これからは。

知人Bと山にドライブに行く夢を見ました。



凄い山奥。



谷?のてっぺんには猿が四体凍っていて、私達は車の中にいた。


罪悪感のない彼との関係。



夫の件に嫉妬などする権利は私にはない。



根深いのかな、これは。


買い物の列に並んでいたら、幼い男の子が私の前にやってきた。


ずっと私を見ている。


どした?と聞いてもニコニコしながら目の前からどかない。


お母さんが、すみません、と謝って来た。



だってドキドキしたんだもん、可愛かったから、と男の子はお母さんに伝えていた。



いきなり行ったらびっくりするでしょ!と叱られていた。



私、お母さんよりも歳上だと思うけれど。


ヘタしたらおばあちゃんだよ?



単純に嬉しかったのだけれど、坊やの脳内はどうなっているのだろう?と不思議になった。



ずーっとずーっと、お母さんよりも歳上の女性を見てドキドキするという感覚。



私は、その坊やと入れ替わってみたかった。


どんな感覚なんだろう?


衝動的に目の前に走り寄ってくるような感覚。


本当に不思議。


子供の世界に私はどんな風に映っていたのだろう?



とても知りたい。



きっとすぐに忘れてしまう記憶なのだろうけど、心の中に宇宙が見えた。

ばあちゃんが夢に出た。


露天風呂を沸かしてくれて、めちゃくちゃ丁度良い最高なお湯加減だった。


ばあちゃんが私の写真を撮った。


ポラロイド。


見てみると、姉と一緒に写っていた。


ああ、姉と一緒だった時の写真か。


髪の毛ないと、やはり姉妹似ているね、と私は言った。


ばあちゃんは笑顔だった。


最近のギスギス過ぎる私を見かねて、ばあちゃん出てきてくれたのかな。


ばあちゃん、ありがとう。

罪悪感だとか、嬉しみだとか、感情があまりありません。


今年は、たくさん出会いがありました。

友人経由で知り合った2人の女子。

あれよあれよと、一緒に音楽をやることになりました。

私はピアノを弾く事が好きでした。

習っていたのは姉で、私は習っていなかったけれど、ピアノがうちにありました。

小学生の頃、ピアノを弾いている同級生を見ていて、鍵盤の位置を覚えたり、曲を頭の中で鳴らしたりして、家に脳みそ持ち帰って弾いていました。

弾いてみたら弾けました。

相対音感はその頃からあったようです。

ピアノを弾く事が楽しくなり、毎日何時間も弾きました。

楽しい?という感情だったかどうかは分かりません。

取り憑かれたように、衝動的に、弾きたくて弾きたくて堪りませんでした。

誰に聞かせるわけでもなく、発表会があるわけでもなく、ただただ、弾きたい。

10代の頃はそんな感じでした。

機会があれば鍵盤を弾くシーンが欲しい。

そう思ってきましたが20代の血気盛ん期にはあまり機会なく、友人のバンドで数曲。

今の今20年以上の月日を経て、その女子達と鍵盤をやることに。

弾ける人

と認定されましたが、ライヴ後、もうやる気はありません。

ひとりで弾いてるにはいい。

人と合わせる、舞台に立つ、これが酷く苦手なようです、自分は。

緊張しかしないので楽しくない。

別のバンドの方も弦を弾いている。

今年最後のバンド練習も楽しくなかった。

私は音楽が好きなのだろうか?

もう嫌だ楽しくない。

が優先されて、全てをやめたくている。

全てリセットしたい。

大好きだった人達も、そうでなくなった。

むしろ憎しみすらある。

好きなはずのものが、手放しで好きではない。

変な感情が入る。

心から好きだったら、そんなことは考えないはず。

嫌なことばかりになってしまった。

好きな事が分からなくなった。

その中でも、絵を描く事だけは、心地良い。

もうしばらく描いていなかったけれど、昔よりうまく描けている気がする。

捉える視点視野が大人になって広がったのだろうか。

侵されない私だけの領域。世界。

人と音楽をやって生まれる、バンドマジックがある、それがいい、と夫は言っていた。

私は、そこが分かっていない。

緊張するだけ。

もうリセット決心をしようかな。

どんだけやってもこれ取れない気がする。

だったら続けてても苦痛なだけ。


クリスマスに対する特別な感情が無くなりました。


つまりは大好きだったし、ワクワクしていました。


つまりは、大嫌いだったし、ビクビクしていました。



そのどちらの感情も無くなり、普通に過ごしました。


私はキリスト教に縁があるようで、クリスチャンではないものの、幼稚園がカトリック、高校がプロテスタント、卒業してからも社長がキリスト教の会社に勤めたり、なんだか縁を感じていました。



前世がキリスト教、みたいな、断片的な記憶もありました。

記憶?と呼んでよいのか分かりませんが、映像が見えたり、自分の名前が降ってきたりします。

キリスト教徒の女性ですが、神を憎んでいるようにみえます。

憎むには原因があります。

幼い息子を亡くしました。

夫もいません。

信じていたものを憎み出します。


今年のクリスマスは、無感情かと思いましたが、25日の昼下がり、暗い気持ちでした。

本当に自分は必要だろうか?

或る仲間達を思い出しました。

私は、今後、あの中に居たいのだろうか?

本当にハッピーだろうか?

練習が伴う事だから、辛い経験もありましたが、それでもやってきた。

なんだか懐かしい気持ちになるし、部活みたいで楽しい。

そうかつては思っていました。

今現在、その練習はお休み期間ですが、明けた時に、本当にまたやりたいだろうか?

何のためにやっているのだろうか?

やりたくないな。

の気持ちが強くなってきました。

7年間続けてきたけど、さほど上達するわけでもないし。

一生懸命毎日練習しよう!とか、そういう気持ちにもならないし。

迷いあぐねています。

前回の練習で、初歩的な事を私が全く分かっていなくて、まぁ、分かろうともしていなかった。

いい加減に映ったと思うし、私は本当にソレだから。

でも努力をしていないわけではない。

個人練習もする。

そんなにガツガツはしないけど。

好きならやるし、しのごの言わずに既にやっていると思う。

期待

が強すぎて上手くいかない事がある。

もっとやれる、と思ってしまうのだ。

たかだか自分に。

その先の成功を怖がっているのか。

何もしない。

が心地よい。

何も生まれなければ諍いがない。

自分の存在もそうやって考えて。

クリスマスは決まって、

生まれてすみません。

と思う。

本当に好きなこと、心地の良い事。

それを今一度問うクリスマス。

私は絵を描くのが好きだ。

出来上がった自分の絵をじっと眺める。

自己との対話のようで好きなのだ。

描いている過程も、出来上がった時の高揚感も。

そこは嘘偽りなく、魂が喜ぶのだ。

そうやって、見つけていこうと思った。

本当に心地よいもの。

心地よい場所。

思えば今年は、嫌い、を確認する年みたいだ。

敢えて嫌な場所に一度は導かれて、やっぱり嫌だよね?と確認する。

するとそのあとは、素敵な場所に導かれるのだ。

本当に確認作業だ。

私は私が嫌いで、でも場所が変わるとそこに居る私のことは好きで、そういう所に私を置けば、もっと私を好きになるのでは、と思った。

何もかもが上手く行くはずない。

そんな都合のいいことはない。

そういった単語が、私の中から消え始めている。

あるんだよ、そんな場所が。

いるんだよ、そんな私が。

私は今、パーフェクトを目指しているみたいだ。

そのためのモヤモヤ。

家具を買った。


夫が欲しいと言った物。


三面鏡のついているドレッサー。


私は別に欲しくなかったけど、夫が欲しいというので。


ホームセンター的なTHE三面鏡ドレッサーな商品を義母がプレゼントしたい、と言ってくれて、とてもとても嬉しかったけど、好みでなくて、どうしてもそこは譲れなくて、もどかしい気持ちだったけれども、何か適当な言い訳をつけて丁重にお断りした。


この辺が適当かな?という、部屋の景観も損ねない、三面鏡も付いている、という商品をやっと買った。


組み立ては夫がやった。


もう寝る時間だというのに、夕飯も食べず、今日中に仕上げる、と言って夜中まで組み立てていた。


だがしかし、組み上がったものは三面鏡の役割は果たさず、サイド左右の鏡は固定されていて、動かないため、見たいところが見れない、という残念な結果。


返品できるなら返品しよう、と夫は言った。


私は、なんとか使えないかな、と思った。


元々私が欲しい物ではないし、どうして自分が欲しい物ではないものでこんなにやきもきしなくてはいけないのだろう、と苛立った。


また解体して返品とかそんな面倒なことしたくない。


私はデザイン的にこれはこれで良いと思っているし、三面鏡さえ機能すればコレはこのままでいいと思っていたけど、夫は返品の方向でいる。


せっかく組み立てたのに、とか、せっかくこの家に来たのに、とか、せっかく!感が凄くて、やった事を無駄にしたくなくて、もがいた結果、私が壊してしまった。


サイドの鏡をどうにか出来ないかと、夫のいない間ひとりで足掻いて結果組み立て過程が分かっておらず力任せに部品を外してバキバキに。


嗚呼…。


私は思えば、母親にコレを散々されてきた。


勝手に私の部屋を掃除しに来て、何かを外して洗ったりするのだけど元に戻せず、力任せにハメようとして壊された事がたくさんある。


母親の血だ、コレ。


でも彼女は謝らないから余計腹が立つ。


言い訳をする。


お前が部屋をこまめに綺麗にしないからだ、とか、とにかく、お前が悪い!なのだ。


もう、何もしないでくれ、と思う。


私が何かしても、これが何になるのだろう?という諦めとか寂寥感は、何もしない方がこのような惨事が生まれない、と思っての事かもしれない。


日常の暮らしで、この人(母親)がいなかったらどれだけ生活がスムースだったであろう、と度々思った。


何かアクシデントが起きた時も、この人さえいなければ更なるトラブルは回避出来たのに、といつもそんな思いでいたたまれなかった。


それが、ここにきて、私に降りかかる。


この人(夫)さえ三面鏡など欲しがらなければ。


今度は矛先が夫に向く。


やってどうなる。


動いてどうなる。


私がアクションを起こさなければ。


そんな考えが、ここ数日、いや数ヶ月、いや、なんなら幼少期から、ずっと頭を巡って、何もしたくない。


朝早く起きたから色々しよう。


そんな考えになれずに二度寝する。


何もしない方が1日が平和だ。


寝ているだけ社会貢献していない、とは父親が言っていた言葉。


寝ていた方がいい人もいるのだが。


何もしない方が良い人。


余計な事する人。


本当にここの自己否定も他者否定も止まない。


課題。

新天地で暮らし始めて2ヶ月ちょい経過した。



実家の方には、まだまだ用事があるので、たまに帰る。



地元に帰る前は、必ずオチてる。



引っ越して良かったと思っているし、今の暮らしが嫌いではない。



ただ、ある、いつも同じエネルギーを感じている。



これは自分のものなのか、土地のものなのか、住んでいる部屋のものなのか、分からない。



ただ、いつも同じ気持ち。



物事全てに否定的になり、他者に対して批判的になり、過剰に死を恐れている。



いつも、この感情。



つまらない感情。



地元に帰っている時は、とてもハッピーにしている。



この地に帰ってくると、また同じ感情になる。



今回の帰省は1週間程度。



本当は一旦今住んでいる場所に帰ろうと思ったけれど、次の週も地元で用事があったので、そのままステイ。



こんなに居る予定ではなかったので、捨てるはずの実家の服を着て過ごしたりした。



捨てるはずの服に感謝した。



着る物があった〜、ありがたい、と思った。



ステイ中は、地元の友達誰かしらに毎日会っていた。



新しい土地では、気軽に会える友達はいない。



ずっと夫と2人きり。



それもあるのかも、塞ぐのは。



帰りの時間も気にせず、夫につくるごはんも気にせず、友達と自由に遊んだり、飲みに行ったりした。



充実した日々。



ライオンズゲートというのが、開いていて、どうやら何か恩恵があるらしい。



あまり情報を事細かにチェックしていなかったけど、感じ方が凄かったので、意識せざるを得なかった。



本当に、最強に、涙が出るほど、魂が震えるほど、ハッピーな気持ちだった。



ステイ期間中、毎日。



人生至上もしかして最強に幸せ感じているのでは?くらいに凄かった。



特別な事をしているわけでも、特別な目に遭っているわけでもなく、ただ日常を暮らしているだけ。



自分を卑下する事もなく、等身大とはこのことか!くらいにナチュラルに。



地元に向かう時、私はまだ心塞いでいた。



すると、部屋の外、ベランダにカメムシが現れた。



私の手の甲を、チュッ、とかすめていった。



触れられてビックリした。



でも、私は、虫が好きで、虫からはたくさんのメッセージを貰っている。



今回もメッセージかな?と思い、しばらくカメムシのことを思っていた。



電車に乗って帰省する時にも、駅のエスカレーターを上っていると、クリーム色?の蛾が現れた。



しばらく見つめていると、またその子も私の手の甲を、チュッとかすめていった。



これは、ますますメッセージだ、と徐々に奇妙にワクワクしていった。



途中の駅で降りて、お昼をしてから帰ろうと思った。



フラフラするつもりはなかったけど、お洋服屋さんで素敵なものを見つけた。



姉が前月誕生日だったこともあり、プレゼントを持って帰ろうと購入した。



自分にも、素敵なお洋服を買ってあげた。



そこで一気に気分が跳ねた。



虫達がくれたメッセージ達は、自分の中にオチた。



自分なりの解釈で、しっくりくるものとなった。



そのまま実家を楽しみ、ライオンズゲートの最強エネルギーを感じながら、夫のいる家に帰った。



夫が休みの日が続いたので、色々出掛けて充実した。



体調は、そんなに良くなかったけど、メンタルは最強にハッピーのままだった。


みんながみんな、こんな気持ちになればいいのに。



本当にいい気分だよ。



そんな風に本気で思った。



そのあと、また日常に戻り、夫のお弁当を作る朝。



あれ、起き上がれない。



眠くて眠くて死んでしまいそうだ。



異常すぎる眠気。



夫は自分でお弁当詰めていってきますしていった。



なんだ、この異常な眠気。



しばらく泥のように眠り、やっと目覚めた。



するとどうでしょう。



また、ネガティヴがおかえりなさいしてきた。



何に原因があるのか。



なんのメッセージなのか。



何に気付けずにいるのか。



はい、また修行です。



カードを引いてみた。



うんうん。



なんとなく、分かる。



まだ、ぱっかーん、出来ていない。



また、明日の感情を観察しよう。




自分の夢が廃墟な夢を見た。



そこを修復するのか、何かを取りに行くのか、とにかくその廃墟に用事があって、



心を決めるまでに少し時間が欲しかったらしく、



知人に、お酒を飲みに行こう、と誘った。



彼は、いいですよ、と言った。



しょっちゅう私の夢に、この知人が出てくるのだけれど、実際仲が良いわけでもなく、知人程度。



ただ、魅力的な人ではある。



私は、飲みに行くのも準備が必要で、やはりあの廃墟に戻らなくてはならない。



ちょっと待ってて、と知人に伝え、私は廃墟に戻る。




廃墟には幽霊がいた。



その幽霊も、また知人の女性だった。



この知人と知人同士では、繋がりがあり、



私が知り合う前から、お互いが知り合いだった。



そして、この女性は、父とも仲が良かった。



父のお葬式にも来てくれた女性だ。



私より10くらい歳上の女性。



彼女が幽霊になっていた。



最初怖かったけど、話しかけてくるので、次第に怖くなくなっていった。



廃墟には身内?がいて、父だか叔父だか、祖父だか、もしかしたら、他人だったかもしれない。



その人物に、彼女は必死に何かを訴えていた。



それを私が通訳?して、彼女はこう言っているよ、聞き入れてよ、と誰だか定かでない相手に言っていた。



彼女は幽霊だけど、ぬくもりを感じた。




廃墟の夢は、夫に対しての想いが凍りついているのだろうな、と思う。

もう、愛想がつきた状態、と夢事典にはありました。

確かに愛想はつきているけど、まだ一緒にいる。

何故なら私を未知の世界に連れて行ってくれるのは夫だそうなのです。

それまでは一緒にいる。

これは好機らしいので。

幽霊が怖くない夢は、吉夢らしいのです。

そして、私達は実際この地を離れる。

腐れ縁みたいな状態だったこの地を。

母親とも離れる。

嘘偽りで繋がっていた関係。

親だから

という理由だけ。

決定的な母親の態度で、私はこの地と母親から離れる事を決心した。

年寄り1人にして、私は何を考えているのだろう、かつてはこんな風に思っていた。

1人になった方がいいんだな、あの人は。

と、気持ちがガラリと変わった。

何かをしてあげたい、喜ばせたい、笑っていて欲しい、と強く想っていたのは、私だけだったんだな、と虚しくなった。

母親は私を繋ぎ止めておきたいだけで、私の幸せなど願ってはいない、昔から。

自分の都合だ。

なので、私も自分の都合で生きる。

自分勝手に生きている人に対して、苛立っていた。

今も、母親や夫に苛立っている。

何故苛立っているのか。

自分も自分勝手に生きたいからだ。

誰のためにも生きたくないからだ。

彼らが羨ましいのだ。

だから、私は、わたしから、彼らを切る。

本当の意味で繋がる。

親を切る、と書いて親切、とはよく言ったものだな。

都心部から、田舎の居住地へ、夫と帰る夢。


 

12番線。



もう、最終電車。



走って階段を登る。



カラダが疲れていて、登るのがキツイ。



電車に乗り込む。



真隣に別の電車がある。



夫は、そっちへ乗っていた。


 

私は叫ぶ。



そっちじゃないよ、それ違う電車だよ!



夫は、いやいや、いいんだ、これでいいんだ、みたいな顔をしている。



だからといって、私を招く様子もなく、焦る様子もなく、君は、そっちに乗ったらいんじゃない?みたいな雰囲気だった。




ほぼ同時に二体は出発した。



私が夫の乗っている方の電車に目を向けると、12番線で、私達の帰る場所で、合っていた。



私は11番線に乗ってしまっていて、私が間違えていた事に気づいて焦る。



隣の席の人に、これ、何処行くんですか?と尋ねる。



全く知らない地名が返ってきて不安になる。



主要の駅で乗り換えたいのですが、と焦っていると、大丈夫よ、大丈夫よ、と仕切りに隣のマダムは笑っている。



でも、これ、最終だし。



ある駅で私は降りた。



案内係のような女の子が、急に私の隣にいて、ステイ先を教えてくれる。



素敵な都会だった。



◯◯ホテルに泊まればいいですよ。



ああ、そのホテル、前にも泊まった事がある。



彼女に教えてもらって目が覚めた。


 

夢事典を、すぐに調べようと、枕元の携帯を握ると、画面が真っ暗だった。



そんなに一夜でバッテリー消耗しちゃったのかな。



夫と別の電車。



ステージが変わるのかな。