対応が難しい。


 そう感じてしまうこと、みなさんにはありますか?

 私はあります。


「私は病気だから」と、死ぬ事を宣言する人が、私の周囲に居て。

 私自身、その人は好きでもないし嫌いでもないのだけれど、その突発的な宣言に頭を悩ませています。


 なんでもない時にはメッセンジャーやチャットにも毒はないし、穏やかだと思うのだけど、いざそうなってみれば、彼女は中学生以下の人に対してでも関係なく「死ぬ」と宣言するのです。


 正直、勘弁して欲しい。


 病気だから、と言われればそれまでなのだけど。

 これは、病気であっても赦されない事ではないのだろうか?


 考えてみて欲しい。

 光しかみてこなかった子供が、突然「死ぬ」と言われたらどうなるか。

 釣られて、自分を見失ってしまう事だって考えられる。


 今までは運良く、そういう最悪なパターンには陥ってはいないが、これからもそうだとは限らない。


 だからといって去れとは言えない。

 ただ、病気の所為にして、逃げて欲しくないだけ。

 要らぬ罪の意識を他人に塗りつけて欲しくないだけ。


 ただ、それだけなのだけど…


 本当に、突発的に「死ぬ」と言うので、対応に困ってしまう。

 このブログを立ち上げて、そろそろ1ヶ月が過ぎる…かもしれない。

 ひょっとしたらまだ半月かも? 実はよく覚えていない(^▽^;)


 最初は自分の中に秘めた毒を吐き散らす為にブログを設置した。だけど。

 いざ書こうとすると、よく書けないのだ。


 他のブロガーは凄いなぁ、と舌を巻いてしまう。



 毒といっても私はそもそも、他人に対してはあまり拘らない部分があり、嫌がらせをされても「…あ、そうだったの?」と後で気が付き、そして同時に忘れてしまう。

 そんな鈍い人間なのだ。

 だから毒を敢えて撒き散らす、そういう事は、やろうとすればするほど、空回りする。




 そんな訳で、内容に乏しいのだけど、今でも「なんなのあの人」と思っている事は無くは無く、まずはそういう人についての毒を吐かせてもらおうかと思う。



 その人は中学・高校で同じ学校というだけで、クラスが同じになった事はまるでない、私にとってはただ名字を知っているだけの人に過ぎなかった。

 中学の時は、特に何もされなかった。…と思う。当時、私は不登校になってしまった友人を気にかけ、自由になる時は彼女の為にノートを作ったり、彼女のクラスまで赴いて、毎日溜るプリントを取りに行ったり、帰宅すればすぐに彼女の家に行って悩む彼女の愚痴やらなんやらを聞いての日々だったので、その人にかまける余裕が無かっただけかもしれない。

 それでもその人の名前を知っていたのは、不登校になってしまった友人繋がりの友人のクラスに、その人が居たからだ。それだけの人だった。

 それが同じ高校を選ぶと、私が近くを通るだけで「かもだ、かも」と中学の時につけられた不名誉なアダ名(なので仮名でお願いします(-"-;A)でこそこそと見知らぬ人(多分その人の友人かと思う)に言うのだ。それも毎日毎日。


 まさに「なんなの、あの人」である。


 しかしその人はそういう態度を高校卒業まで改めなかった。

 私が何もしなかったからというのもあるかもしれないが(関わりたくはなかった)、毎日毎日こそこそ囁かれていたその人の友人はウザくなかったんだろうかと今でもふと思う時がある。

 てか、むしろその人は何がやりたかったんだろう?

 謎ばかりが残る。