読書目的
①前著「経済人の終わり」で提起した19世紀型社会に代わる新たな秩序
 の具体的回答を知る。
②ドラッカーの幅広いものの見方(政治、歴史、経済、社会、思想)の
 方法論を学ぶ。

新訳 産業人の未来―改革の原理としての保守主義 (ドラッカー選書)/P.F. ドラッカー

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ドラッカー名著集10 産業人の未来 (ドラッカー名著集―ドラッカー・エターナル・コレクション)/P・F・ドラッカー

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ドラッカーの2作目で、第二次世界大戦の最中である1942年に刊行。
以前書評で紹介した『ドラッカーが描く未来社会』は、処女作
経済人の終わり」と本書はセットで”ドラッカー思想の原点に
位置付けられる著作”としており、その点から「経済人の終わり」
の次は是非、本書を読みたいと思っていました。また翻訳者でドラ
ッカーの分身と呼ばれる上田惇生氏は、『ドラッカーの著作のなか
でも、最も面白く、最も知的興奮を覚える』とはしがきで評して
います。この点からも、本書に強い興味を持っていました。

【本書の目的】
自由な社会としての産業社会をいかにして構築するかを提示する。
そして、第二次世界大戦の目的が何であり、その意味が何であり、
とるべき問題解決方法がいかなるものであるべきかを提示する。
重要なことは、機能する産業社会を実現するため、自由な社会と
政治が必要であることを認識することである。

【社会についての一般理論(機能する社会とは何か)】
社会とは、一人ひとりの人間に対して「位置」と「役割」を与え、
且つ社会権力が「正統性」をもって初めて機能する。前者(個人に
対する「位置」「役割」の付与)は、社会の目的の意味を規定し、
後者(権力の「正統性」)は、社会を制度化し、諸々の機関を生み
出す。

【自由とは何か(自由な社会と自由な政府)】
自由とは、“責任”を伴う“選択”である。絶対真理の下とでは
自由はあり得ない。したがって自由な社会は、人間が基本的に不完全
な存在、そしてそれ故に選択に責任を伴う存在であることを認識
しなければならない。個人の自由は、個々の責任ある意思決定を行う
権利と義務をもつ一方で、社会に対しても責任ある意思決定を行う
権利と義務をもつ。

又、人間は不完全であるが故に何らかの統治が必要となる。それが
政府である。自由な政府とは、市民一人ひとりが、自治に対し責任を
もって参画することが不可欠である。つまり自由は、政治の領域に
おける自由な政府と社会の領域における自由な秩序が、互いに牽制
し合ってこそ永続し得る。

【時代背景①―産業社会の台頭】
19世紀の西洋社会は、商業中心の社会。商業中心に一人ひとりを組み
込むことで社会的な位置と役割を与えた。又財産権を商業社会の支配
力とし、財産権をもって権力の正統性の基盤とした(経済人の概念)。
一方産業革命以降、産業が徐々に主流となり、社会の中心を構成する
ようになった。その特徴は、大量生産と株式会社であった。この時点
で課題は、社会基盤が産業社会となりつつあるのに対し、価値観が
商業社会のままであった点にある。

産業社会の台頭は、二つの変化を生んだ。一つは、自動化・機械化
により、今まで必要とされていた熟練労働者がいなくても大量生産
が可能となり、未熟練労走者が労働力の中心となった点である。
しかもこの大量生産方式は、労働者に作業の標準化、無個性の労働力
を必要とした。その結果労働者は、産業社会において位置と役割を
持たなくなった。もう一つの変化は、商業社会ではあり得なかった
慢性的失業の発生である。失業は単に生計の資を失うだけでなく、
社会としての位置と役割を奪うことを意味した。

そのような中、第一次世界大戦と大恐慌が発生し、商業社会の価値観
が崩壊し、社会として機能しなくなった。

【時代背景②-全体主義(ナチズム)の台頭】
社会が機能しない混沌とした状況で、全体主義(ナチズム)が台頭した。
ナチスの目的は、位置と役割を持たない産業社会の人々を組み込むこと
である。ナチスは、党組織と軍を意味ある組織として位置と役割を
与えた。そして商業社会を敵とみなし、その代表である上層ブルジョア
階級(銀行家、自由業)を標的とした。したがって、ヨーロッパにおいて
この階級を占めていた非アーリア系やユダヤ人を標的したのは当然の
帰結であった。

又ナチスは、党組織と軍を正当化するため、侵略主義と軍国主義を教義
とした。そして自由を否定し、戦争へ進んでいった。

【ルソーからヒトラーへ至る系譜】
19世紀の自由は、啓蒙思想とフランス革命が影響を与えたとされており、
そのことは否定できない。しかしその影響は、むしろ否定的なものである。
啓蒙思想とフランス革命は、自由にとって敵の役割を果たした。基本的に
理性主義のリベラルは、全体主義者である。
あらゆる全体主義は、理性主義的リベラリズムから発している。ルソー
からヒトラーまで系譜を追う事ができ、その線上にはロベスピエール、
マルクス、スターリンがいる。

理性主義は、絶対理性の完成を人間に行わせることに矛盾が生じ、政治的
には必ず不毛に陥る。その結果、理性主義は捨て去られ、絶対主義、
全体主義、革命家へと転化する。ルソーは、啓蒙思想の理性主義が崩壊
の危機にあった時、個人の理性の代りに「一般意思」(社会契約論)を
唱え、非合理な絶対主義に身を投じた。マルクスは、理性的絶対の代りに、
人は階級によって規定されるという非理性的な原理を宣言した。

【アメリカとイギリスが用いた保守主義の原理】
アメリカの独立は、理性主義と啓蒙思想の専制に対する自由のための保守
反革命であった。アメリカの独立は、イギリス国王を破ると同時に絶対主義
そのものを破った。一方イギリスは、1688年の名誉革命の後、立憲政治が
再建されたが、その後は形骸化し、啓蒙専制主義に陥りかけていた。
しかし、アメリカの統治失敗で国王は力を失い、専制主義は頓挫した。
こうしてアメリカとイギリスには、統治される者の同意が政府権力を制御
する仕組みが生まれた。さらに、社会的領域の支配と政治的領域の統治の
分離を信奉した。社会的な革命も、数十年に及ぶ内戦も、全体主義による
圧制も経ずに、新しい価値、権力、絆を手に入れた。自由で機能する社会
と政治を生み出すことで、全体主義による革命を抑え、且つ全体主義に
巻き込まれることなく、社会を発展させた。

【自由で機能する産業社会】
機能する産業社会が成立する条件は、①産業組織すなわち企業に働く
一人ひとりに対し「位置」と「役割」を与えること、②産業組織
すなわち企業内の権力の正統性を、社会的・政治的基盤として認め
られるようにすること。

自由な社会が成立する条件は、①政府の権力を制御し、且つ一人ひとりが
責任ある参画を実現し、政治的な自由を確保する、②社会の中心領域で、
一人ひとりの責任のある意思決定を基盤とする、③政治的な統治と社会的
支配を分離・並置し、互いに均衡しあうようにする。

また戦時における統制の拡大は防ぐべきである。中央集権の官僚主義を
抑制し、自治による組織、マネジメントによる組織が必要である。

労働者と経営陣、生産者と消費者が戦争に勝つという目的で結びついて
いる今こそ、これを始める必要がある。

【感想】
正直な感想は、「とても疲れた」です。理解するのに「経済人の終わり」
以上に時間と費やしました。ドラッカー作品は、政治、歴史、経済、社会、
思想等、多方面に渡る内容が網羅され、大変読み応えがあります。
ドラッカー作品を読破し、理解し、書評にまとめることは、私にとっては、
かなり『背伸び』した行為でした。

しかし、これは決して否定的な意味で言っている訳ではありません。
ドラッカー著作を読むことは、彼の深遠な知性に触れ、自らの「ものの
見方」、「ものの捉え方」を鍛錬しているという実感があります。
又【ルソーからヒトラーへ至る系譜】で書かれている内容は、かつて
世界史で学んだ事とは異なる見解も多く、歴史の面からも、大変興味深く
読み進めることができました。

「産業人の未来」で、産業社会が機能するため、企業経営の原理と労働者
の位置付けを明確にすることが重点課題となりました。これがGM分析を
行った第3作目「会社とは何か(会社という概念)」に結実しているよう
です。この作品も是非、読破したいと思います。