「伊東先生がヤラれた!新選組の仕業だ!」
その言葉を聞いた私はやはりと心の中で舌打ちをした。
それと同時に、これから自分の身に起こるであろう事実も悟っていた。
奴らやっぱりやりやがった、仇討ちだ、と騒ぐ皆に私は静かに提案を口にした。
「とにかく伊東先生の遺体を引き取りに行こう。野ざらしにされているのだろう?野犬にでも傷をつけられたら敵わない」
熱り立っていた皆は徐々に冷静さを取り戻し、伊東先生奪還の作戦を練り始めた。
遺体を取り戻しに来た私達を、彼等は纏めて討ち取るつもりだろう。
あの人の考えそうな事だ。
そうとわかっていても、私は…藤堂平助は自分の命運を変えるために足掻く事すらしなかった。
夜風が身に凍みる中、私達は遺体が放置されている場所へと向かった。
「いたぞ!」
足早に伊東先生の骸に近づき、無駄と知りながらも手首に触れた。
静かに首を振ると、わかっていたものの皆の口から落胆のため息が漏れた。
「とにかく籠に乗せよう」
夜風にさらされた伊東先生の体は硬く、驚くほどひんやりしていた。
自分が知る死とは違う。
自分が知る死とは、温かい血が吹き出で、死にたくないと体が小刻みに動く。
伊東先生はそれすらも出来ない状態にされてしまったのだ。
「あいつら…ぜってぇに殺す」
実兄を殺された鈴木がポツリと呟いた。
「三樹さん、それについては一度帰ってから皆で話合おう」
顔を上げ鈴木が何かを言いかけた瞬間、人が動く気配と断末魔の叫び声が響いた。
伊東先生を放り出し刀を構える。
見慣れた浅葱色が目に映った。
「新選組…」
見慣れぬ顔の中に見知った顔があった。
「新八さん…」
新八さんは一瞬複雑な顔を見せたが、すぐに鬼の形相で私に斬りかかってきた。
豪腕から繰り出す力強い打撃を咄嗟に受け止める。
鍔迫り合いの中、新八さんが私に吐き捨てるように言った。
「平助逃げろ!」
「逃げろ?この状況で?はっ!私を殺しに来たくせに?」
「これは土方さんの命だ。平助は出来れば逃がしてやってくれってな。それに俺もお前を殺す気はない」
これもわかっていた事だ。
あの人なら、情けをかけて私を逃がせと言うかもしれない。
いや…きっと言う。
あの人が鬼になりきれない事くらい、傍にいた私ならわかって当然の事だ。
「頼む、逃げてくれ。生き延びてくれ」
私を力任せに切り倒す振りをして、新八さんは私を逃がそうとしている。
逃げるべきではないとわかっている。
だが、あの人の意思に逆らう事も私には出来ずにいた。
「平助行けーーー!!!」
私は意を汲み、逃げようと走り出した。
だが、自分の自尊心がそれで良いのかと強く問いかけてくる。
それが私の心を酷く揺らめかせ、一瞬の隙を作った。
「覚悟!」
見慣れぬ顔が私の前に立ち塞がり、閃光が走る。
そうだ。
こうなる事はわかっていた。
あの人を裏切るように傍を離れる事を決めた時からわかっていたんだ。
だから後悔はない。
ただ、願わくば…
藤の花が血にまみれ散った事を知らせないで欲しい。
誰よりも傷つき、辛い思いをしているのはあの人だと知っているから。