今週の25日は、ヒンドゥー教のお正月です。
そこで、お正月を迎えるにあたって
先週の土曜日(3月21日)に、
ジョグジャカルタにあるプランバナン寺院で、
芸術フェスが行われましたので、その様子をご紹介。
このフェスに、主人が仕事で出るのでついていきました。
半分仕事みたいなものですが、いや~楽しかった。
プランバナン寺院を背景に
10組の踊り子団体やパフォーマーたちがそれぞれの踊りや
パフォーマンスを披露してくれます。
そして、それを取り囲むように、
木陰で絵描きさんたちが寺院をモチーフに
思い思いの絵を描きます。
※こちらは司会のお二人
※バリ式の洋服を着た男性達。
当日は、ジョグジャカルタ在住のバリ人たちが
委員となって活躍していたようです。
ジョグジャカルタに住んでいるバリ女性100人による
踊りやら、見ていて本当に楽しい。
私の中でヒットしたのは、この女性達。
観客を誘うのですね。
一人犠牲(?)の男性が集まると、
ワラワラとこの女性達が集まり、踊らせようとしますが
その様子がなんともおかしい。
観客も野次を飛ばしてものすごい盛り上がります。
そして、集団で仲間の一人を担ぎ上げ、
輪の中に置き去りにする人達も。
そこに、この踊り子さんたちが
踊りながら、ワラワラと集まるのです(笑
炎天下、踊りを見るのに疲れたら
木陰で、絵描きさんに絵の具を分けてもらって
絵を描いてみたりもしました。
久々に絵筆を握り、ワクワクしましたね~。
**********************************
一緒に仕事をしたバリ出身の友人の話のよると、
バリのお正月(ニュピ)は、とても神聖な一日となるそうです。
1日1晩、
断食して
寝てはならず
誰とも口を聞いてはならない
自分の心をじっと見つめ、
瞑想をして1日を過ごす。。。
そんな日なのだそうです。
そして、悪魔のシンボルとして人形を作るのだそう。
しかし、興味深いのはここから。。。
「悪魔を追い払うのではなく、
悪魔とお友達になる」
のが目的なのだそうです。
これは、ヒンドゥー教独特の考え方ですね。
友人は、バリ出身のイスラム教徒なのですが
この話をきっかけに、彼らと宗教による悪魔との
付き合い方の違いをディスカッション。
宗教は違えど、他の宗教の考え方を尊重しているのが
印象的でした。
ちなみに、1日1晩~、のこの儀式、
現在の人達は、このやり方を簡略していたりもするそうです。
私は、この土地に来て、
宗教の儀式などを目の当たりにすることが多いのですが
そのたびに思うことがあります。
うまく言葉に説明出来ないのですが
こういう儀式を目の前にするたびに
小さい頃から生活の一部としてこういうものを学んでいる
彼らに比べると、
日本で流行しているスピリチュアル(?)というものは、
ままごとのような、そんな気がしてきます。
インドネシアには、いろいろな宗教があり、
宗教によって違いはあるものの、神が近くにいて
社会と繋がる何かがあります。
そして、この国では「宗教=道徳」と考えるのです。
子供達は、自分たちの宗教を通して、すぐには出来ない行い。。。
たとえば、貧しい人への施しや、人を許すこと、
怒らないこと。。。
それらを周りを見て学び、成長していきます。
そして、彼らを見守り、手助けする機能が働いている。
長い年月をかけて、心を育てていく。。。のです。
彼らがそうやって長い年月をかけて、
心を育てていっているのに
日本の多くの人達は、即効性を求めています。
そして、すぐに結果が出ないと、諦めてしまったり
安易に答えを出してしまったり、
開き直ったりしているような気がするのです。
そして、成長を見守る機能もない。
みんな、二十代、三十代で完璧な人になろうとする。
本当はそんなものじゃないだろう。。。と私は言いたい。
一生付き合っていくものだろう、自分とは?
長い年月掛かっても、いいもんなんだろう、本当は?
遠くの国から日本を眺めていると、
何かボタンを掛け違えているような気がするのです。
そこで、お正月を迎えるにあたって
先週の土曜日(3月21日)に、
ジョグジャカルタにあるプランバナン寺院で、
芸術フェスが行われましたので、その様子をご紹介。
このフェスに、主人が仕事で出るのでついていきました。
半分仕事みたいなものですが、いや~楽しかった。
プランバナン寺院を背景に
10組の踊り子団体やパフォーマーたちがそれぞれの踊りや
パフォーマンスを披露してくれます。
そして、それを取り囲むように、
木陰で絵描きさんたちが寺院をモチーフに
思い思いの絵を描きます。
※こちらは司会のお二人
※バリ式の洋服を着た男性達。
当日は、ジョグジャカルタ在住のバリ人たちが
委員となって活躍していたようです。
ジョグジャカルタに住んでいるバリ女性100人による
踊りやら、見ていて本当に楽しい。
私の中でヒットしたのは、この女性達。
観客を誘うのですね。
一人犠牲(?)の男性が集まると、
ワラワラとこの女性達が集まり、踊らせようとしますが
その様子がなんともおかしい。
観客も野次を飛ばしてものすごい盛り上がります。
そして、集団で仲間の一人を担ぎ上げ、
輪の中に置き去りにする人達も。
そこに、この踊り子さんたちが
踊りながら、ワラワラと集まるのです(笑
炎天下、踊りを見るのに疲れたら
木陰で、絵描きさんに絵の具を分けてもらって
絵を描いてみたりもしました。
久々に絵筆を握り、ワクワクしましたね~。
**********************************
一緒に仕事をしたバリ出身の友人の話のよると、
バリのお正月(ニュピ)は、とても神聖な一日となるそうです。
1日1晩、
断食して
寝てはならず
誰とも口を聞いてはならない
自分の心をじっと見つめ、
瞑想をして1日を過ごす。。。
そんな日なのだそうです。
そして、悪魔のシンボルとして人形を作るのだそう。
しかし、興味深いのはここから。。。
「悪魔を追い払うのではなく、
悪魔とお友達になる」
のが目的なのだそうです。
これは、ヒンドゥー教独特の考え方ですね。
友人は、バリ出身のイスラム教徒なのですが
この話をきっかけに、彼らと宗教による悪魔との
付き合い方の違いをディスカッション。
宗教は違えど、他の宗教の考え方を尊重しているのが
印象的でした。
ちなみに、1日1晩~、のこの儀式、
現在の人達は、このやり方を簡略していたりもするそうです。
私は、この土地に来て、
宗教の儀式などを目の当たりにすることが多いのですが
そのたびに思うことがあります。
うまく言葉に説明出来ないのですが
こういう儀式を目の前にするたびに
小さい頃から生活の一部としてこういうものを学んでいる
彼らに比べると、
日本で流行しているスピリチュアル(?)というものは、
ままごとのような、そんな気がしてきます。
インドネシアには、いろいろな宗教があり、
宗教によって違いはあるものの、神が近くにいて
社会と繋がる何かがあります。
そして、この国では「宗教=道徳」と考えるのです。
子供達は、自分たちの宗教を通して、すぐには出来ない行い。。。
たとえば、貧しい人への施しや、人を許すこと、
怒らないこと。。。
それらを周りを見て学び、成長していきます。
そして、彼らを見守り、手助けする機能が働いている。
長い年月をかけて、心を育てていく。。。のです。
彼らがそうやって長い年月をかけて、
心を育てていっているのに
日本の多くの人達は、即効性を求めています。
そして、すぐに結果が出ないと、諦めてしまったり
安易に答えを出してしまったり、
開き直ったりしているような気がするのです。
そして、成長を見守る機能もない。
みんな、二十代、三十代で完璧な人になろうとする。
本当はそんなものじゃないだろう。。。と私は言いたい。
一生付き合っていくものだろう、自分とは?
長い年月掛かっても、いいもんなんだろう、本当は?
遠くの国から日本を眺めていると、
何かボタンを掛け違えているような気がするのです。












