青い空は
青いままで子供らに伝えたい

30年前の今頃体育館でみんなで唄ってました。

8月6日、広島では平和記念日。
長崎では8月9日が、平和記念日で
学校は登校日。

今はどうかわかりませんが、
子供向けにアニメ化された戦争の映画を見たり、
被爆者、戦争体験者の祖父母から聞いた話を
作文にして平和集会が行われていました。

島根では登校日すらなく、
平和について考えることが、
集団の中でないんだ、と思うと
被爆した土地だけでなく、
みんなで伝えていかないといけないことなのに…
と歯がゆくなります。

山陰中央新報の明窓というコラムに
(雲南市の三刀屋中学校の生徒が長崎に想いを寄せた)
の一文を見つけて、目を見張りました。
長崎では同市三刀屋町出身の医師、永井隆博士が、
被曝しながらも負傷者の救護につくした…



この子を残して、など映画化もされた本も出版されています。
小学生の時に、担任の先生にもらって読んだ本でした。
島根の人だったんだ、と嫁いでから知りました。


我が子には、
ただ、ただ元気に育って幸せになってほしい、

そう思ったであろう戦後とは違って
広い視野を持てる時代。

今は世界なんて狭い、
もっともっと広い視野をもってみませんか?
宇宙から見たら、
地球上の争いや競争なんて
ちっぽけなもの。

日本は原爆なんて落とされて可哀想
アメリカは酷い国だ、と言ってるわけではないです。

戦争は体験していない母から

海と毒薬って本がある
日本は国内外でほんとひどいことをしてきた
当然の報いと言われるかもしれない

ただ原爆は使ってはいけなかったと思う
戦争はしてはいけない

「右手は原爆を示し、左手は平和を、顔は戦争犠牲者の冥福を祈る」
写真は長崎市HPよりお借りしました。