今日は 認知症の母の畑の
土壌改良をしに 母に会いに行った

そして 畑の一部に 大根とにんじん
それから 白菜の播種を 一緒にした

わたしも 去年から 家庭菜園を始めていて
多少の知識はあるけれど
長年やっている 母の技術には敵わない

種の蒔き方も鎮圧も スムーズ♪
流石だ!!



だけど その他の場所の土壌改良をしようと
掘っていると、、、
出てくる出てくる“じゃがいも”が!!
次から次へと じゃがいもが 出てくる!!



せっかく 春 じゃがいもを 植えたのに
収穫するのを忘れちゃったんだろうね💦

「お母さん 頑張って植えたのに、、、」

そう思うと なんだか泣けてくる



“努力が水の泡”とは このことだよね
“頑張りが 認められない”って このことだよね




認知症の人には
細やかなサポートが必要で
頑張りを讃えることが とても必要で
我が子を育てるような気持ちや心で
大切に支えることの大切さを
ひしひしと感じた



今日 母と一緒に作業をする中で
同居家族の気持ちが
以前よりは 少し
理解できたんじゃないかと思う
加えて 認知症の人の思いも
少し わかった気がする



そして
自分に降りかかる出来事は
善きにしろ悪きにしろ
わたし自身を 成長させてくれていることを
実感した

物事は 起こるべくして起こってる
避けることはできないし
ましてや
コントロールなどできない

ただただ
サレンダーするしかない
って言うか、、、
それが 最適⁈正解⁈なんだって思った

起こることに身を任せて
いかに面白がって生きるか
それだけを 考えていればいいのかもしれない
そんなふうに思ったんだよね