善意の定義ってなんだろう?

誰かのために、何かのために、尽くすこと?

その結果は、問われない。

誰かが助けて、と叫んだら。

迷わず助けて。

誰かが手伝って、と頼んだら。

迷わず手伝って。

それが善意?

偽善との違いはなんだろう。

意外と、違いは少ない。

下心、打算、計算があったとしても。

結果、していることは誰かのためになっている。

だから、結果だけを見ると、それは善意の行動。

偽善は悪だというけれど。

偽善自体は悪くない。

何もしない、何も感じないことが悪。

だから、私は何かを、誰かを手助けできる人でありたいと願う。

柴咲コウのニューアルバム「CIRCLE CYCLE」がリリースされたので(?)、「輪」について書こうと思う。

「輪」というと、漠然と楽しげなイメージが浮かんでくる。

それは友人なのか、会社なのか、また別のなにかのつながりなのか。

単純に「何か共通の目的、意識、価値観」をもった集合体、か。

そして、共通の何かを持った集団は、必然的に連帯感が生まれる。

それは友情だったり、時には愛情だったり。

それがもっと大きな輪に繋がっていくのか。



人間は、多かれ少なかれ、望むと望まざるに関わらず、「輪」に属していると思う。

例えば、学校、部活、会社、そして、人間社会。

色々な輪の中から、居心地が良い輪を見つけ、なじんでいく。

中には望まない輪に組み込まれることもあるけれど。

それが、輪のあり方であり、誰かと誰かを結びつけるモノでもある。

無数の輪の中から、好きなものを選ぶ。

その選択には人間であることの意味と尊さが詰まっているようにも思う。

そして、行動力、信頼できる仲間がいるなら自分から輪を作ってもいい。



人間には絶対に必要な存在だけれど。

その輪が原因で傷つくこともあるかもしれない。

しかし、人間はどんなときでも輪の中にいる。

ならば、居心地の良い、もしくは自分が成長できる輪に入っていたいと思う。

自分にも輪を作り、それを廻していく力が欲しいと願っている。