もう1カ月前だけど、インフルエンザになって。A型の。
神
だいぶ久しぶりで、インフルエンザってこんなにキツかったんだーと悶絶していたけれど
新薬ゾフルーザを飲んだら、たった1回飲んだだけで、翌日には熱が下がって。
かと思いましたよね
お医者さんからは3種類のお薬の選択肢を与えられて、
苦しくて仕方のなかった私は死に物狂いで
「1番効くやつで、1番早く治るやつでお願いします
」
とゼーハーしながら無茶振り。結果、ゾフルーザを処方されたのでした。
薬局でお薬をもらって帰ってきたら、なななんと、
たったの1回分のゾフルーザと、毎食後飲む熱を下げる薬5回分(つまり1日半分)しか入ってなかったので、
タミフル時代しか知らない私は1週間分くらいを想像していたので、
「は⁉️薬剤師さん薬入れ忘れた⁉️」と妙な疑いをかけてしまいました
でも、ネットで見ると1回飲むだけでいいと書いてあったので、
半信半疑で薬を飲んで寝たら、
翌日には身体の痛みが引いて熱が下がりました。
お医者さんは、神様だと思いました。
って、そのお薬作ったのはそのお医者さんじゃないけどw
で、そのお薬を飲んで思ったことは、
人は、自分ができることをしていたら、いつか誰かの役に立つかもしれないってこと。
このお薬作った人、もちろん1人だけで作ったわけではないと思うし、
たくさんの研究者が、気の遠くなるような実験をたくさんたくさん重ねてできたものだと思うのです。
想像でしかないけど、薬を作ってる方は、
誰かを治そうとかよりも、
どうやったらインフルエンザウイルスを早く撲滅できるか?というところにフォーカスしてたんじゃないかなって思うんです。
つまり、興味の対象は人ではなく、ウイルス🦠
もちろんある程度の効果を確認できたら、今度は人にフォーカスしていくと思うんですけど。
でも、「特定の誰か」のためではないし、ましてや「私のため」では絶対にない。
だけど、その薬を作っている時には想像もしていなかった、見知らぬたくさんの人たちを救っている。
ここから思うのは、人はそれぞれの興味のあること、得意なこと、好きなことに夢中で取り組んでいれば、見知らぬ誰かの力になるんだなってこと。
私がそんなウイルスの実験とか、理科の授業の1時間とかならできるけど、四六時中結果も出ないのに何度も何度も実験するなんて無理。
でも、そういうのに飽きずに向き合い続けられる人もいる。
それって才能だし、その人の道だし、天職なのだと思う。
ブログとかも同じだと思っていて、その記事を書いてる時には目の前のこととか、目の前の人のことしか考えていなかったとしても、
全く知らない誰かがその記事を読んで、共感してくれたり、何かを受け取ったりしてくれる。
昨日たまたま見た歌番組で、プリンセスプリンセスのMという曲は、失恋したその時に、思いの丈を詞に書いたもので、
ただの失恋ソングではなく、「お前に向けた歌だよ」というのがわかるようにイニシャルをタイトルにした、というのを見て、
これも同じだなぁ、と思いました。
それを書いてる時には、Mさんのことしか考えてなかったとしても、
その思いは、たくさんの恋する女性の共感を得ることになった。
みんな、その時は夢中で目の前のことに向き合っているけど、
それがいつしか、誰かの力になっている。
だから、目の前のことに一生懸命になればいいんじゃないかって。
みんな興味の対象は違うし、違うから、お互いに無いものを補い合える。
人に与えられた時間は平等だから、あれもこれもそれもやってられない。
これはできるけど、あれはできないから自分はダメだ、じゃなくて。
そこに優劣はなくて。
ただ自分の進むべき道を進めばいい。
インフルエンザの薬を飲んだことで、そんなことを感じたのでした。