最近になって、「好きなジャンル」というのができた。

そのためか、ここのところ音楽に意欲的。
iTunesのラジオでクラシックロックのチャンネルとかオルタナとか聴いてみたり、
Youtubeで日本のロックミュージシャンの動画を観てみたり。

前者では、ボンジョビやオアシス、カサビアン、ブラーって
名前だけ知ってる人たちを聴けたかと思えば、
ジミが流れてきた(・∀・)!

でも、クラシックって名前に合ってるのって、
ジミだけな気がする。
ブラーって1990年代でしょ?
90年代ももうクラシック?(・ω・;

後者は、ミッシェルとかブラフマンとかを聴いてみた。

それでいろいろ音楽ジプシーしたあと、
ブルースロックを聴いたらなんだかほっとして、
あー自分はこういう音楽が好きなのかなと思った。

「好き」というより「聴き慣れてる」「落ち着く」という感覚?

この前、車でオールマン聴いたときも、
ギターの音に耳なじみがあるような感じがして
オールマンのギター好きって思った。

やはり、趣味趣向や価値観というのも
社会的に培われていくものなんじゃないかな。

音楽って特に一般的な優劣を設定し難いものだから、
よく聴いてきた音楽を好きだって感じる確立が高いような気がする。

生まれ持った感覚というのはもちろんあると思うけど、
例えば先天的にクラシックが好きという感覚を持っていても、
一生クラシックを耳にすることが無かったら、
その人はクラシックを好きにならない/なれない。

ってね。先生の理論真似してみたり。

あとちょっと違うけど、3人組も好きかもしれない。

Beck, Bogert & Appice
Cream
Bruce, Baker & Moore (BBM)
JOHNNY,LOUIS & CHAR / PINK CLOUD

あたりがフィットする。
この方々はブルースロック??

○,○,&○でいくとしたらEL&Pも好きになったりするのかしら( ・(ェ)・)
志村動物園を見ています。
動物奇想天外は終わっちゃったんだっけ(´・ω・`)

志村動物園は動物を擬人化しているのが特徴な気がする!
ぱん君とかぱん君のわんちゃんとかにはじまり、
動物に人間みたいな感情があるように見えてくる。
あと、人間とのふれあいも多いね(・ω・)

一方で、奇想天外では動物界と人間界が分かれていたような。
サバンナとかアマゾンとか
野生の動物がいっぱいでてきて、
ちょっと恐かったり悲しかったりした。

後者から前者に人気が移ったのは、
身近なものじゃないと視線が向けられなくなっていることを表してるのかな。
自分と関わりのある範囲のことへの意識が肥大しすぎて、
その外側のことはなかなか想定しづらくなってるとか。

なんか無理矢理社会学(・Θ・;)
今日は国際政治の授業。
いろんな人から面白いよって聞いてた先生。
ほんとに面白い!

授業のメインはzoning(圏分け)の話。
プレモダン/モダン/ポストモダンっていう
クーパーの概念を主軸においての説明だった。

最初は時代区分なのかと思ったけど違うみたい。
縦軸じゃなくて横軸。
同時代の各国をzoningして特徴を見出すためのフレームワーク?

社会学(の中の自分のやってる分野)だと縦軸の差異に着眼する分、
同時代の諸集団間の差異を考えることに鈍くなっちゃってたかも、と気付きました。

あと、余談?まくら?として、
世界の不変性が崩壊して、
今の世界は露見しているというお話も。
この話は社会学に近い!きっと!
大きな物語とかポストモダンとかな感じ。

先生は横軸の視点も縦軸の視点も持ってるんだなぁ。
授業受けれて良かった。
大学来れて嬉しいなって心から思いました。

そこからちょっと思い出したのが、
火曜日に聞いたテロの話。
「旧いテロ→新しいテロ→より新しい何か」って、
テロの内実が変化してきているんだって。

その人は「より新しい何か」の解明が主題みたいなんだけど、
それが発生した背景には何があるのかとか、
どうしてロンドンとバリで起きたのかとか、
そういうのが気になった。
社会学の話と接続できそう!って。

集中のときに社会科学と社会学の違いの話があったけど、
社会科学→横軸
社会学→縦軸
って補完し合ってるのかなぁ。

だけどそうなっても、
社会学は有用性なさそうだ(・_・;)