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対照的に、特定の場所に縛られず、卑俗でほとんど無意味な日常からいつの間にか、とりとめもない宇宙的な与太話にまでさまよい出てしまう、といっ た風なのが山下澄人の長編「ルンタ」(『群像』)である。人称も登場人物の視点も自由にすり替わる融通無碍(ゆうずうむげ)な口語的文体、極限まで刈り込 まれた断片的な会話と饒舌(じょうぜつ)の交代、不条理な描写などの連続を通じて、読者はすべてが決定不能な言語空間に漂うことになる。「わたし」が人間 としての暮らしにうんざりして、家を出て、途中でルンタという馬を得て山に向かうという大筋は読み取れるが、登場人物が生きているのか死んでいるのか分か らなくなったり、物語が突然冒頭に戻ったりといった具合で、真面目な読者は面食らう。文体は簡潔だが、その人をくった難解さにおいて、現代文学の最先端の 一つと言えるだろう。ただし、先頭を切って、いったい何を突き破れるだろうか。不思議な作家である。
 最後に、松浦寿輝 の七百ページを超える大冊『明治の表象空間』(新潮社)に触れておきたい。明治時代の「表象」、とは言っても、具体的 には主とし て言語によって表現されたものを素材に、教育勅語から歴史、博物学、文学まで横断的に読み解くことを通じて、日本近代 の黎明(れいめい)期を考察してい る。堂々たる学術的著作ではあるが、文芸時評の立場から興味深いのは、じつはこれが松浦寿輝、すなわちフランスの専門家であると同時に、日本語 で書く小説 家・詩人という存在を生み出した歴史的母体を解明する試みになっているということだ。そして最後には、明治時代の警察の記録と大江健 三郎の小説に現れる 「穴」の分析に基づいて、「穴」とは結局、反権力的行為の表象だったという鮮やかな結論が導かれる。つまり「表象空間」とは、「穴」を掘ることと、それを 制止 しようとする権力の間の「言説の戦場」なのだ。これは明治時代に限ったことではあるまい。