1960年 静岡市鷹匠にある病院で生まれる
1965年 このころより祖母の湯治で梅ヶ島温泉の泉屋旅館に毎夏滞在。就学前に温泉で泳ぎを習得
1967年 小1。若い女性の鈴木先生のクラス
1969年 夏の甲子園に連れて行ってもらい灼熱地獄のなか新浦投手の静岡商業高校を応援
1970年 大阪万博
1973年 静岡聖光学院中高等学校に入学
1974年 友人二人と静岡市から鎌倉市まで自転車ツーリング(スルガ銀行さんの寮に1泊)。その後でユースホステル会員になる
1975年 京都から高松、小豆島、姫路などを一人で自転車ツーリング
1977年 友人たちの手助けを得て短編アニメ映画を制作
1979年 武蔵野美術大学造形学部視覚伝達デザイン学科に入学
1982年 イギリス、オランダ、ベルギー、フランスを自転車で一人旅(約2カ月)
1984年 銀座のテレビCM制作会社に就職するも1年足らずで退職、静岡市に戻る。興津諦を名乗る。自宅でデザインの仕事をいただく
1986年 フランス、ドイツ、リュクセンブルグ、スペイン、モロッコ、ポルトガル、タイを一人旅(半年)
1988年 塾講師になる
1989年 台北市私立永漢国際教室専任教師となる。台湾トヨタ(國瑞汽車)日本語教師を兼任
1990年 初婚
1991年 富士国際日本語学院教務主任となる
1992年 長女誕生
1993年 日本語教育能力検定試験に合格。『日本語入門 The Primer of Japanese』を上梓
1995年 次女誕生。静岡県警非常勤中国語通訳。株式会社静岡テレビセンターに入社。広告やCMの制作。翻訳管理業務などを担当
1998年 自著『夢色葉歌 みんなが知りたかったパングラムの全て』が新風舎出版賞を受賞
2000年 離婚。父子家庭となる。社交不安障害になる
2007年 独立開業
2008年 アドマック株式会社設立。静岡観光コンベンション協会の依頼による異文化理解講座の講師を担当
2011年 父の過失により2階建て別棟が全焼。大震災。SBSラジオ『興津諦のワンポイントチャイニーズ』担当。梅ヶ島温泉広報の仕事をいただく
2012年 静岡商工会議所観光飲食部会でテーマコピー「余ハ此處ニ居ル」発案により「余ハ此處ニ居ルプロジェクト」が始まる
2013年 アンガーマネジメントを目的とした『パーミストリー講座』を開講。『パーミストリー 人を生かす意志の話』を上梓
2014年 再婚。安心できる生活が始まり徐々に社交不安障害が治癒する。『季刊すんぷ』を発行。久能山東照宮で手配り
2015年 株式会社メディアミックス静岡とのJVにより静岡市公式観光サイト『駿府静岡市』の制作を担当
2016年 アンガーマネジメント静岡教室を開講
2017年 アンガーマネジメント静岡教室が軌道に乗りました
2019年 『余ハ此處ニ居ル 家康公は久能にあり』(静岡新聞社)を上梓
2020年 遠野市観光サイトの翻訳業務を担当。新型コロナウイルスの感染拡大により講演や講座が完全にストップ。父他界、リフォームや相続手続きに追われる。初孫誕生
(この「年表」は随時更新するかもしれません)