おなか、いたい~(+_+)
っていうか、これ、薬のせい。
昨夜、医者に処方された「ロペミン」っていう薬を飲みまして。
「朝晩飲んでください。一週間分出しますから」という指示に従って、一カプセルをポイッと飲んで、昨夜はなんということもなかったんですけどね。
今朝、なーんかどこか変。当初予定していた買い物に行こうと車に乗ったら、なんか頭がクラクラする。
帰ってきてからネットで検索したら「めまいが出ることあり。運転注意」。おーい。
わりと強力な止瀉薬だったようです。おなかもこわしてないのに、過敏性腸症候群だからと処方されたみたい。
で、今は、要はがっちり腸が動いていないような状態かな?
おなかこわすのもかなりきついですけど、逆もひどいです(+_+)
普通にしてくれればいいんですけど。
これは薬が抜けるのを待つだけかな。
(もうロペミンは飲まないぞー)


つらつらと。
ふと、昔読んだ「風と木の詩」のことを思い出しました。
またマンガです(笑)
主人公ジルベールがタオルケットを離せなかったというくだりがあります。
この辺のことは読んだ方じゃなければわからないでしょうが…。
私は、さすがに今はもう執着していませんけれど、それでも2年ぐらい前まではタオルケットを抱きしめて匂いをスーッとかいだとたんに寝てしまったものです。
なぜタオルケットなのか?という疑問は持っていましたけど、好きなものは好きという認識程度だったんですね。ところがこれが「 Security blanket 」だと知ったのが何年前かなぁ。
もっというと、少々気持ち悪い話ですが、私と母の体臭が似ていたんです。私はあまり母親のスキンシップを覚えておりませんで、それはたぶん母自身が淡泊だったことや、妹が生まれてそちらにかかりっきりになったせいだと思います。そんな小さな私は、心の中の寂しさを自分のにおいの中に母を見いだすことで、補っていったのだろうと思っています。
その後も、結局 F20 による意思疎通のなさを補えきれずにタオルに依存したんだろうと。そして、なぜそれが断ち切れたかというと、約2年前の母との絶縁でした。今ではすっぱりそういう病的な感触をタオルケットにはもっていません。


次は、この「風と木の詩」の作者、竹宮惠子さんについて。
「徳島大学だかの卒業だったよね~」と思ったら、中退だったとか。
そだっけか、と思いつつ、そういやうちの祖父は東京帝大法科大学だったなと思い出しまして。
この辺の方々はなかなかすごくて、祖父の伯叔父二人とも東京帝大工学・農学を出ておりまして、伯母という方も公費で渡航(英語研修みたいなもの?)する予定だったとか。直前に腸チフスで亡くなりましたが。
祖父の従弟たちも東京帝大出で、それを知った時は「昔は大学っていえば東大しかなかったの?」と思ったぐらいです(マジ)。
40歳前に亡くなった祖父の生まれであるとか、育ちというものは祖母を通して語り継がれてきたんですが、じゃあなぜ祖父は法学に興味を持ったのかなぁ?と思ったものです。遺品には哲学概論などがあって、およそ法学とは関係ない。文学が好きだったらしい祖父。家庭を持ってからは家にイギリス人の宣教師たちを同居させていて、英会話の対訳集をノートにびっしり書いたものを作って残しているそうです。ピアノも弾いたと聞きました。なんか優雅ですよね。
そういうことを聞くと、法学との接点がないんです。
祖父の伯叔父たちは、大学での専攻をそのまま仕事にしていましたから、祖父も目的があって法学だったと思うのです。何が目的だったのかなぁと、私にはたった一人の祖父だった人の思いを知りたい。
そんなことをたまに思います。


6月は休日がなく、土日は疲れて最低限のことしかしていなかったので、少々いつもと違うところの掃除をいたしました。
明日がまだ休みだという安心感みたいなものは、やる気にさせますね~。
明後日が地獄の忙しさになるということはさておき(笑)
とりあえず、昨日水通しした息子のベッドカバーは乾き、今朝まだ寝ていた息子から使用中だったベッドカバーをひっぺがし、交換。すぐに洗って、ベランダに放り出して買い物へ。
これは懸案事項だったので、さっぱり(^o^)
明日は、夏休みに入った息子の制服でも洗うかな。
横浜は天気になるみたいですから^^

さ、今日は本当にだらだらと(つれづれと?)書きました。
失礼をば^^