大晦日
人がみんな平等であるように、どこへ行っても人間は人間。男がいれば、女がいる。希望があれば絶望もある。個人があれば集団もある。
自由を追い求めたのに、つかんだのは、新たな不自由ということもある。
痛みや寂しさを忘れるため楽しみに身を委ねる。僕だって同じ。ただ、その中身が異なるだけ。格好つけるわけじゃない。
今日一日のうちで、自分の言葉と戯れた時間。とても素敵で、幸福で、やすらかだった。
世俗の中に生きながら、世俗のことを少しでも楽しくと、思った時間。少しずつでも変えていけるなら、この上なく幸福なこと。成功したことがなかったわけだから。
自慢になることではないけど、僕ももう若くはない。でも、まるで100%のフルーツジュースみたいに、その一滴でさえ、自然の、かけがえのない結果であるような時間を、たゆまず積み重ねてきた。大馬鹿者と言われるかもしれないが、でもどうせ大馬鹿者なら一番の大馬鹿者になろうと努めてきた。人としての、常識を捨てることなく。いまではそれが誇りになり、年を経るごとにその自信は強まる。今日を生きる。まるで過去取り戻すように。未来実現するように。
苦しみは祈りとなり、祈りは形となる。思いの強さは優しさとなる。あと少し。必要な時間はあと少しだけだと思う。
今この瞬間。人生全てをのせるということ、それこそが本当の祈りなのではないだろうか。余すことなどないばかりでなく、もはや自分以上をという意味で。
今年も終わります。今年一年に感謝。やすらかさに生きたいと願う誰もが、やすらかでありますように。