バトルで疲れ果てて寝坊してしまった・・。

仕方がないので「超能力」の最大のコツを伝授しよう。

それは「媒介因子」を高速回転させること!(もったいなさすぎたかな!?)

「媒介因子」にどうやって出会うか?

そこが最大最後のテーマである。(人は限界までしか出来ないものだから・・。)


あっ。そうだ。今日はロト6!
04,08,14,18,24,41
05,14,23,25,37,39

で買いました。

超能力と死後の世界は関係があるか?

答 : 関係がある!


解 :
人は死んだ後、一定期間(長い人だと15年から20年くらい)意識を持って現世をさまよい(瞬間移動も可能!)、
その後「光」に包まれて「千の風」となる。「光」に包まれた瞬間は表現の仕様がないくらいに気持ちがよく、
「千の風」になった後も姿かたちはないが影響力のある念波を送り続ける。

(ただし現世で悪いことをした人は別バージョンらしい・・。)

つまり「死んだ人」や・・敷衍して考えると守護霊にとっての「死後の世界」が存在している。

一般に超能力とはほとんどの場合、本人の力というより「守護霊」若しくはお金を出してでも買えるような「憑依霊」の力によっている。

超能力の使い手である「自分の意識」と霊の意識の共通項は霊の向こう側にある「死後の世界」である。

・・Vanishing point の向こう側 !!

(( 「霊」は表に出してはいけない。この話は秘密にしてください。 ))


あっ。そういえば。今日は木曜。ロト6の日だ。

先ず5円玉を動かして
01、10,11,18,38,41

自動書記をロックし直しながら3回
03,09,13,23,33,38
03,04,09,29,33,41
03,04,07,29,38,41


800円の投資でした。

この間帰省しているときに父が言った。
「お前はわしがずーと永遠に生きていて欲しいという風には思わんのか?」

私は答えた。
「いや、そういう部分もあるけれど、何しろ自分がある程度のところまで行ったら死ぬものだと思っている。」

・・・  ・・

私は5歳のときにダンプカーに轢かれて右足がぐじゃぐじゃになり死にそうになったとき、
「1秒先に生きたい。5秒先に生きたい。10分先まで生きれたら、どんなに幸せなことだろう。」
という根源的な欲求を切実に感じた。

しかしその向こう側に到達したならば逆に「安楽」と「力」が待っているのではないかという直観も同時に感じた。

自分の意識が走っていくとか(すごいスピードだ。)、誰か弱い部分を持っている人に安らぎの地を求めてとりつくとか、
そういうイメージもあった。

小学3年生のときにふと自殺したらどうなるのだろうと真面目に考えたことがある。
(「よくぞ考えた」と自分に感動して満足した。)

「運が悪ければ死に」のギャンブルをそのころ1回だけしたことがる。(よそのお婆さんが見ていて注意された。)

死者の魂を外す浄霊は仕事で普通にしている。

人は経験によって感じ方や思想を変えるものだ。


to be,or not to be.

「生きる」「死ぬ」に葛藤は付き物である。


そういう話を父にすると、父はすぐに納得した。
(父はいま78歳。若い頃は「人生50年、俺は50年生きればいいんだ。」と言っていた。
死んでもかまわないといって最近まで酒もタバコも呑んでいた・・。)

・・・ ・・

ちょうど一年位前母方の祖母が104歳で亡くなったけれど最後は切なく苦しそうだったとみんな言う。
「肺炎、胆嚢炎・・老衰」で咳き一つ出ない肺炎だったらしい。
だけど焼いたら骨はカルシウムの匂いでいっぱい。骨と心臓は元気だったんだろうなあ。

日野原先生だったか、「子供の死は生木を剥ぐように残酷だが老衰は場合によっては美しくもある。」という話もあるが、
死は誰にとっても厳しくつらいものである。


・・・ ・・

超能力と死後の世界は関係があるはずだ。それはまた次稿で。
(今日は昼飯の後、腹ごなしに高田馬場ビッグボックス6階のタイトーステーションに行って競馬ゲームを始めてやった。
単勝賭けて5勝2敗くらいか。・・2枚のコインが40枚になった。)

・・・ ・・

今日のロト6は自動書記で

03,07,08,15,23,31

で買いました。


草々