ロト6は、11,14,16,32,41,42、(33)でまったくだめでした。(ショック!)
・・・かすりもしなかった。
こういうときは何かの作用で「かわされている」と感じると心は保てる。(予想はとても難しい。)
さて地震の話であるが6、7年前気功的感受性によると東京の地下のエネルギーが段々と増してきたことがあって2週間くらい田舎に逃げていたことがあった。(当時逆キャンセルをかけてしまったお客さまごめんなさい!)
朝のカラスや猫を見てても行動異常かと思った・・。ネットの地震予想のページにも激しい記述があった。エネルギー上昇が頂点に達したと思ったときに5,6人の人に告げて飛ぶようにして逃げたのであった。その新幹線の車中で「東海から北九州の広い範囲で多数の人が夜空に光る球体を目撃・・」とのテロップが出た。
しかし田舎でテレビを見ていると全国各地で地震は起こっているのだが東京は震度3止まりだった。一週間たっていったん東京に出てきて再チェックしてまた田舎に帰ったが、結局エネルギーは引っ込んだ。
・・・まったく予想は難しい。(因みに東京の地下構造は複雑に入り組んでいてはっきりこうと定義できるものではないらしい。)
ネットに東日本大震災のUFOの目撃ニュースが動画つきで出ている。けっこう衝撃的である・・。
そういえば「ノストラダムスの大予言」(よく当たっているが大部分は不吉な予言である。)に「空から大魔王が降りてくる」以外に「多数の人が溺れてしまう」話があったはずだ。(こんなときに不謹慎ですみません。つい逆に考えてしまう・・。)
逃避行の新幹線の車中に聞き伝えしたという20才位の女性(学生)からどれ位緊急の話なのかと電話がかかってきた。「すぐにでも」と答えると明日すぐに帰省すると彼女は言った。・・郷里は福島県いわき市だった。その後彼女のご母堂が癌になっていわき市民病院まで出張治療しに行ったことがある。上野から常磐線急行でたったの2時間。けっこう近い。
松戸の向こうは街はまばらになる。
いわきに着いて見た彼女はうら若くて美しかった。損保の代理店をやっているというお父様の自動車にいっっしょに乗ったときそこでの世界は厳然と存在した。・・いわきでバトルした後はお母様が3000円のタクシー代を追加してくれた。タクシーの運転手さんは親切な感じで一応どこか遊ぶところはないかと尋ねてみたら距離は少し離れるが「常磐ハワイアンセンター」というのがあると言われた。(何か因縁があるなと思ったら2年位たってその創始者の娘さんが紹介で東京ミッドタウンから来院されて何回か通われた。・・・お金持ちにはお金持ちの悩みがあるものだと思った。・・)
いわき駅前をふらふらと歩いて「かわはぎ」の干物をお土産に買った。癌のぬめるように纏わりつく邪気を外しながら上野に戻った。
・・・いまあの世界はどうなっているのだろう。
・・・かすりもしなかった。
こういうときは何かの作用で「かわされている」と感じると心は保てる。(予想はとても難しい。)
さて地震の話であるが6、7年前気功的感受性によると東京の地下のエネルギーが段々と増してきたことがあって2週間くらい田舎に逃げていたことがあった。(当時逆キャンセルをかけてしまったお客さまごめんなさい!)
朝のカラスや猫を見てても行動異常かと思った・・。ネットの地震予想のページにも激しい記述があった。エネルギー上昇が頂点に達したと思ったときに5,6人の人に告げて飛ぶようにして逃げたのであった。その新幹線の車中で「東海から北九州の広い範囲で多数の人が夜空に光る球体を目撃・・」とのテロップが出た。
しかし田舎でテレビを見ていると全国各地で地震は起こっているのだが東京は震度3止まりだった。一週間たっていったん東京に出てきて再チェックしてまた田舎に帰ったが、結局エネルギーは引っ込んだ。
・・・まったく予想は難しい。(因みに東京の地下構造は複雑に入り組んでいてはっきりこうと定義できるものではないらしい。)
ネットに東日本大震災のUFOの目撃ニュースが動画つきで出ている。けっこう衝撃的である・・。
そういえば「ノストラダムスの大予言」(よく当たっているが大部分は不吉な予言である。)に「空から大魔王が降りてくる」以外に「多数の人が溺れてしまう」話があったはずだ。(こんなときに不謹慎ですみません。つい逆に考えてしまう・・。)
逃避行の新幹線の車中に聞き伝えしたという20才位の女性(学生)からどれ位緊急の話なのかと電話がかかってきた。「すぐにでも」と答えると明日すぐに帰省すると彼女は言った。・・郷里は福島県いわき市だった。その後彼女のご母堂が癌になっていわき市民病院まで出張治療しに行ったことがある。上野から常磐線急行でたったの2時間。けっこう近い。
松戸の向こうは街はまばらになる。
いわきに着いて見た彼女はうら若くて美しかった。損保の代理店をやっているというお父様の自動車にいっっしょに乗ったときそこでの世界は厳然と存在した。・・いわきでバトルした後はお母様が3000円のタクシー代を追加してくれた。タクシーの運転手さんは親切な感じで一応どこか遊ぶところはないかと尋ねてみたら距離は少し離れるが「常磐ハワイアンセンター」というのがあると言われた。(何か因縁があるなと思ったら2年位たってその創始者の娘さんが紹介で東京ミッドタウンから来院されて何回か通われた。・・・お金持ちにはお金持ちの悩みがあるものだと思った。・・)
いわき駅前をふらふらと歩いて「かわはぎ」の干物をお土産に買った。癌のぬめるように纏わりつく邪気を外しながら上野に戻った。
・・・いまあの世界はどうなっているのだろう。