先日、月イチで行ってるかかり付けの病院に電車で行かないといけなくなった。
いつもは息子を一時保育に預けて車で行くのだけど、その日は車が使えず電車で行くしかなかった。
保育園に空きが無かったので、義母に息子を預けて一人で病院に向かうことに。
特に何も思わず駅に到着。
ホームで電車を待っていて、急に吐きそうにしんどくなってきた。
動悸も激しく、手が震えた。
はっと、仕事に行っていた時、いつもこんな風だったことを思い出した。
息子が産まれてからは、一人で電車に乗ることはなく、いつも息子と一緒。
一度も電車でしんどくなったことはなく、むしろ出掛けることが楽しかった。
行動的になれて、東京に息子と二人、友達に会いにいったり。
だけど、息子が産まれる前は電車に乗っていてもしんどくなることが多いし、しんどくなるかもしれないと思うだけで恐怖で、旦那とのデートもいつも車だった。
実は病院に一人で電車で行くと言った時、旦那は大丈夫か?と思ったらしい。
けど、私がなんにも不安を口にしなかったので黙っていたらしい。
旦那の心配の通り、私はしんどくなり周りの目線が気になった。
変な汗が出た。
強くなったと思っていたけど、違った。
変わってなかった。
元々、私は普通でいる、普通にする、ということがわからない。
普通にと思えば思うほど、ギクシャクしてしまう。
だけど、仕事の時は自分で勝負しなくていいからまだやっていける。
職員という役割を与えられた私。
それは私であって、私個人ではない。
息子といて、私は母親という役割を演じているから、平静でいられたのだ。
職場で職員を演じているのと同じ。
周りの目は、私じゃなくて母親として私を見てる。
そう思うと安心出来た。
私は本当に自己肯定感が低いと思う。
自分という人間に何一つ自信が持てないし、生きている意味も見いだせない。
むしろ生きていることに罪悪感さえ感じる。
でも、母親になって息子の為に生きていい、という大義名分が生まれた。
息子にしたらえらい迷惑な話やと思うし、息子が巣だった後はどうして生きていくの?という疑問もあるが、取りあえずは私が生きていていい理由ができた。
そういう生き方は嫌だし、自分の為に生きられたらいいな、とは思うけど、私には出来ない。
母親を演じることで自分を保っている。
あと数日でまた仕事に行かないといけない。
仕事中は演じればいい。
家に帰れば妻と母親を演じればいい。
通勤電車では誰も演じられない。
ひとりだ。
私個人だ。
時間も時短勤務で短いし、日数も週に3日。
なんとか耐えられますように。
結局、本質的には何も変わってない私。
また仕事に行けなくなったりしないか不安。
電車に乗れなくて仕事に行けないかもしれない不安。
今は不安な毎日。
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