「大叔父はおられるか?」
 隆家が門番の者に聞くと
 「おはようございます。殿がお待ちかねです。どうぞお通り下さい」
 門番は即座にそう答えた。

 隆家が楓を従えて庭先を通り主殿の沓脱石のある軒先まで来ると中から宍戸元源に負けないくらいの髭面で『いかにも戦国武将』といった厳つい面構えの男が出てきた。

 「おう、海賊!待っていたぞ!」
 その男は隆家の姿をみとめるとこれまた元源に負けないくらいの雷のようながなり声で言い放った。

 「大叔父おはようございます!」
 隆家は笑顔になり大きな声で挨拶をした。

 「海賊、毛利の合力を取りつけたそうだな?」

 「はい、どうやら元就殿と志道殿は我らから合力の要請があるだろうと見越して下準備していた様です」

 「まああの殿ならばな・・・すでに頭の中で戦の支度は出来ているだろうよ」
 隆家に大叔父と呼ばれた男はニヤリとしながらそうつぶやいた。

 「まあ、そうでしょうね」

 「うむ。ところでこの者が毛利からの合力の1人か?」

 「はい。楓、こちらはこの祝屋城の城主深瀬隆兼殿だ。オレの大叔父にあたる」

 「毛利から来ました川立衆の楓と申します」
 楓は隆家の後ろで地面に片膝をつき頭を下げたまま挨拶をした。
 
 「うむ。心強く思っている。よろしく頼むぞ」
 「さあ、2人とも上がってくれ」
 2人は沓脱石の上に履物を脱いで縁廊下に上がると板の間の部屋に通された。

 ここは祝屋城の縄張り内(敷地内)だが麓にある深瀬隆兼の執務室兼居住のための屋敷である。

 この当時の城は砦と言った方が似つかわしい山城が殆どで空堀を掘りその土で土塁を盛ったりして防御を固めて敵と戦い防御する為の城である。

 規模も小さいものが多く山城なので普段の生活を送るには不便で麓に城主の屋敷がある場合が多い。

 五龍城などは規模も大きいので居住の為の曲輪を設けてあるが、それでも麓に城主の居館もある。

 この時代の数十年後から普及していく天守閣や石垣と水堀のある平城とは大きく違うのである。

 3人はそんな山城の麓にある簡素な屋敷の一室に入り人払いをした。

 「そうか、お前は噂に聞くあの里の者か?」

 「はい」

 「大叔父、五龍城内では大殿と家老達と他数人を除いては楓の身分は明かしていません。川立衆の娘ということになっています」

 「そうか。ではこの深瀬では戦の段取りをしていく上で素性を明かした方が良い者にだけは打ち明けていくことにしよう」

 「はい、それでよろしいかと。この祝屋城を中心に戦に臨む事になるでしょうから大叔父がやりやすいようにして下さい」

 「わかった。そうさせてもらう」

 「さて、これがこの周辺の見取り図だ」
 隆兼はそう言いながら1枚の紙を床の上に広げた。

 「楓、お前はこの辺に来たのは初めてか?」

 「はい」

 「本当か?お前達のことだあちこち動き回ってこその働きであろう?」
 隆兼は厳つい髭面でイタズラっぽく笑いながらそう楓に聞いた。

 (宍戸の大殿様の弟御と聞いてはいたけれど本当にそっくりだ。笑うとエクボが出るし・・左目の上にある傷痕で見分けがつくけど)
 楓は頭の中でそんなことを思いながらも
 「はい。しかし本当に初めてになります」
 真顔でしっかりと答えた。

 隆兼は一瞬目を鋭くして楓の顔をじっと見つめたがまたすぐに笑顔になり話しを切り出した。
 「そうか。では説明しよう。ここに可愛川が流れている。ここがこの祝屋城、そしてこっちが五龍城だ。尼子は出雲を出て備後に入り南下して来てこの祝屋城から可愛川を挟んで対岸にある八幡山城に集結するだろう」
 この八幡山城とは祝屋城から直線で東に2キロの地点にある尼子方の三吉家の支城のひとつだ。

 「対岸から可愛川を渡って宍戸領内に侵入して来る道筋はふたつだ。ひとつはこの祝屋城の正面にある石見堂の渡しだ。もうひとつは八幡山城からほぼ真っ直ぐに可愛川に進んで突き当たるここ。石見堂の渡しから少し下流になるこの辺は瀬になっていてよほど水かさが増えないかぎり渡るのはそう難しいことではない」
 隆兼は絵図面上で進軍経路になるであろうふたつの道すじをなぞった。

 「深瀬の殿様、ならば敵は正面の石見堂へ援護となる兵を送り、主力は下流の瀬から渡ってくることになりますね?」

 「いや、そうは出来ない。確かに下流の瀬は渡るに易いが渡ってからここまで来るのが難しいのだ」

 「後でお前を連れて行くがこちら岸の瀬から祝屋城までの間は犬飼平と言ってな、可愛川沿いは断崖絶壁で人1人がやっと通れるくらいの道しかないのだ」
 隆家が楓に説明した。

 「海賊の言う通りだ。尼子は否が応でも主力を石見堂の渡しから渡らせるしかないのだ」

 「そういうことだ楓。おそらく尼子は三吉家側の川立衆を使って石見堂の渡しに舟橋をかけにくるだろう。何としてもそれを阻止しなければならん」

 「だとすると舟橋さえかけさせなければ大軍はこちらに攻め込んでこれないわけですね?」

 「そういうことだ」

 「話しは単純だ。尼子に可愛川を渡らせなければよい。だがいかんせん兵力と物量が違う。相手が犠牲ありきで力押しをしてきた時がこらえどころだ」
 隆家が握った右拳で板の間をコツコツと軽く叩きながら『さてどうするか』という困り顔になりながらそう言った。 
 
 
 
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