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浦安液状化:住民27戸が提訴 三井不動産に7億円請求(毎日jp)

http://mainichi.jp/select/jiken/news/20120202k0000e040158000c.html

 

本件の住宅売買が特定物売買とした上で、瑕疵担保責任(民法570条)に基づく損害賠償請求という訴訟物が第一に考えられます。
 
そこで法的に問題になる点としては、第1に、民法570条にいう「隠れた瑕疵」にあたるか、という問題です。さらにこの要件は、「隠れた」と「瑕疵」の2つの要件に分解することができます(「隠れた瑕疵」という要件を一元的に把握する学説もありますが、ここではおいておきます)。
 
まず「瑕疵」要件ですが、瑕疵担保責任の法的性質の如何を問わず、個々の契約の趣旨に照らして目的物が有すべき品質・性質を欠いていること、という主観的瑕疵と解するのが通説です(潮見佳男『債権各論Ⅰ契約法・事務管理・不当利得 第2版』(新世社、2009年)82頁参照)。したがって、本件の売買契約において、一定規模以上の地震が発生しても、液状化による被害が発生しない品質を備えている必要があったかが問題になると思います。三井不動産側としては、東日本大震災規模クラスの大地震が発生しても、液状化による被害が発生しない品質を備えているということは、本件の目的物が有すべき品質・性質にはあたらない、と主張する可能性があります。
 
次に、「隠れた」の要件ですが、判例・通説によると、買主の瑕疵についての善意・無過失を示すとされています(ただし、判例は「不表見の瑕疵」という枠組みを採用しているとして、学説とニュアンスが若干異なるという指摘もあります。潮見佳男『債権各論Ⅰ契約法・事務管理・不当利得 第2版』(新世社、2009年)84頁)。本件の買主に、液状化の危険がある土地であることを知っていた者は、おそらくいなかったと思いますし、また、購入したのは業者ではなく、消費者ですから、液状化の危険がある土地であるかを調査する義務があったとも言えません。したがって、買主の善意・無過失についてはクリアできると思います。
 
第2は、期間制限の問題です。民法570条が準用する566条3項では、「買主が事実を知った時から1年」とあります。東日本大震災が発生した2011年3月11日から、本件提訴まで1年が経過していませんから、この問題はクリアできます(1年の期間制限についてどの学説に立とうとも、1年以内に訴えを提起すれば、この要件はクリアできます)。
 
しかし、記事では、「東日本大震災により、市内の約85%が液状化し、住宅約8500戸が傾くなどの被害を受けた千葉県浦安市で、80年代に分譲されたタウンハウスの住民が、損害賠償を求めて立ち上がった」とある点が気になります(アンダーライン等は、ESP)。というのは、次のような判例が存在するからです。
 
最判平成13年11月27日民集55巻6号1311頁
「買主の売主に対する瑕疵担保による損害賠償請求権は,売買契約に基づき法律上生ずる金銭支払請求権であって,これが民法167条1項にいう「債権」に当たることは明らかである。この損害賠償請求権については,買主が事実を知った日から1年という除斥期間の定めがあるが(同法570条,566条3項),これは法律関係の早期安定のために買主が権利を行使すべき期間を特に限定したものであるから,この除斥期間の定めがあることをもって,瑕疵担保による損害賠償請求権につき同法167条1項の適用が排除されると解することはできない。さらに,買主が売買の目的物の引渡しを受けた後であれば,遅くとも通常の消滅時効期間の満了までの間に瑕疵を発見して損害賠償請求権を行使することを買主に期待しても不合理でないと解されるのに対し,瑕疵担保による損害賠償請求権に消滅時効の規定の適用がないとすると,買主が瑕疵に気付かない限り,買主の権利が永久に存続することになるが,これは売主に過大な負担を課するものであって,適当といえない。
 したがって,瑕疵担保による損害賠償請求権には消滅時効の規定の適用があり,この消滅時効は,買主が売買の目的物の引渡しを受けた時から進行すると解するのが相当である
 
長々と引用しましたが、要は瑕疵担保責任に基づく損害賠償請求権についても、民法167条1項の規定の適用があり、判例によれば、引渡しから10年の期間制限(時効)にかかる、ということです。
 
そうなると、本件訴え提起より、本件土地が10年前に引き渡されている場合は、損害賠償請求権が時効によって消滅している可能性もあります。
 
当然、原告代理人はこの判例の存在を知っていると思いますから、この判例が本件事案の射程外であるという主張をすると思われます。1つの考え方としては、次のようなものが考えられます。
 
「上記平成13年が引渡し時点を起算点としているのは、引渡し以後であれば、瑕疵を発見することができる、という点にある。しかし、本件のような液状化のリスクは、専門家ではない者にとって発見することは不可能に近く、また、発見する義務もないと言うべきであることから、引き渡されても発見できる瑕疵とはいえない。したがって、本件事案で引渡し時点を時効の起算点とするのは不当であり、平成13年の引渡時を起算点とする判例の射程は、本件事案に及ばない」
 
以上の論理が裁判所に認められるかはもちろん分かりません。

 
さらに賠償範囲の問題もあります。記事では、「地盤改良工事費や建物の取り壊し費、慰謝料などを支払うよう求めた」とあります。しかし、瑕疵担保責任についての法定責任説では信頼利益のみの賠償を原則とするので、地盤改良工事費や建物の取り壊し費が認められるのかは議論の余地がありそうです。
 
この問題に関して、法定責任説は信頼利益のみを原則(※)、契約責任説は履行利益を認める、と言われるわけですが、いざ具体的な問題となると、何が信頼利益で、何が履行利益かは判別しにくいところです。また我が国の民法典の条文を素直に読めば、信頼利益と履行利益の区別はしていないわけであり、両者の区別をそもそもすべきなのかが問われる必要があります(学説上は、両者の区別に懐疑的なものも見られます。私もこれを支持します)。もっと言えば、履行利益、信頼利益概念を操作してしまえば、何とでも言えるわけです。なお、瑕疵担保責任の損害賠償請求における損害賠償の範囲の論点は、第2回新司法試験民事系第2問で出題されています。
 
※法定責任説の代表格と言えば、我妻栄先生が思い浮かぶと思います。しかし、我妻先生の瑕疵担保責任のところの記述をみてみると、「買主に過失がある場合には-契約締結上の過失の責任に一歩を進め-履行利益の賠償責任を負うものと解すべきではあるまいか」(我妻栄『債権各論中巻一(民法講義Ⅴ2)』(岩波書店、1957年)272頁)と説明しています。
 
なお、以上の問題から分かるように、瑕疵担保責任についての法定責任説か契約責任説かという立場決定から一義的に決まるものではありません。法律学は自然科学ではないので、性質が決定されたからといって、内容が一義的に決めることはできません(極論すれば、説の内容を操作すれば、何とでも言えるわけです)。現に法定責任説にも色々なバリエーション、契約責任説にも色々なバリエーションがあるわけです。
 
以上は瑕疵担保責任に基づく損害賠償請求権が訴訟物としての法的問題について考えてきました。しかし、本件訴訟は別の訴訟物ということも考えられます。それは、民法709条の不法行為に基づく損害賠償請求権です。
 
この場合は、過失責任ですから、709条の「過失」の有無が問われることになります。具体的には、被告である三井不動産が分譲当時に、巨大地震による液状化の危険を予見し、また予見できたか、その上で、対策する義務があったかが問題になることでしょう。
 
また、不法行為に基づく損害賠償請求権でも、不法行為の時から20年という除斥期間(除斥期間と性質決定するのが、判例・多数説)があります(民法724条後段)。ですので、分譲(売買)を不法行為とすると、除斥期間にかかってしまう可能性があります。したがってここでは、損害発生時が起算点である「不法行為の時」とした、じん肺訴訟の判例(最判平成16年4月27日民集58巻4号1032頁)が、本件にも妥当することを、原告側は主張しているものと思われます。
 
これに対しては、契約関係のある場合は、不法行為責任が認められないとの主張も考えられます。しかし、判例は請求権競合説なので、契約関係があることをもって不法行為責任が否定することは考えにくいです。
 
というわけで、色々と法的問題の多い訴訟であると感じる次第です。


追記、不法行為に基づく損害賠償請求権を訴訟物としていることは、明らかになりました。


液状化被害の住民、三井不動産を提訴 千葉・浦安(朝日新聞デジタル)

http://www.asahi.com/national/update/0202/TKY201202020134.html