参観
きょうは、娘の参観日でした。
朝、娘を幼稚園に送ったあと、しばらくしてからもう一度妻と幼稚園に行きました。
クラスは15人。
今日は欠席は無く、全員出席です。
保護者のかたも、みんな来てたのか、いっぱいいました。
教室内では、子供達は、4人掛けのテーブルに、4人または3人で4つのグループに分れてました。
娘は、「新幹線グループ」
で大きなカラダのT君と、体操クラブも一緒のS君の3人で座ってました。
今日のメインは、紙を切って、ノリで貼り、クレパスで色を付けて、ペンギン
を作ることでした。
道具箱を取ってきたり、はさみで切ったり、ノリで貼るってのは、家でもよくやっています。
ただ、今日は、一つ一つを丁寧にやろうとするからか、全体的にトロトロとした印象を受けました。
でも、時間内に何とかペンギンを完成![]()
保護者は、帰るように館内放送が流れ、帰る時に娘が泣きだしました。
先生が駆けつけて、どうしたのか聞いてくれました。
僕たちが帰るのが、寂しいんだそうです![]()
後ろ髪惹かれる思いでしたが、ぐっとこらえて帰ってきました。
今日は、参観の立ち位置が失敗でした。
娘の頭ばかり見てました。
娘へ、また遊ぼうな![]()
ジャンピング・チャンス
難波3人打ち店で、僕と同卓して、僕を飛ばしたお客様に、ポイントをお渡ししています![]()
昨日も、10ゲームほど打ちました。
結局、3回トビました![]()
月・金の11~19時は、たいていいます。
今が、チャンスです^^
小林繁氏逝去
「自分の中で(小林さんに)申し訳ないという気持ちは、一生消えないと思う」。小林さんの突然の訃報を受け、江川卓氏は17日夜、東京都内で記者会見し、沈痛な表情で小林さんとの因縁を振り返った。
最も印象に残っているのは、2人がマウンドで初めて対決した1980年8月16日の阪神戦(後楽園)だという。「登板前日から絶対負けてはいけない」と思い詰めていた江川氏が完投勝利を収めた。「自分はとにかく小林さんを超えなくてはいけないと思っていた」と当時を振り返った。
2人が初めて会話を交わしたのは、日本酒メーカーのCM撮影で共演した3年前。この撮影で約1時間にわたり対談を行い、話題になった。
「いつかお話ししなくてはいけないとずっと思っていた。小林さんからは『お互い大変だったな』と声をかけられた。自分の中ではお詫びもできてホッとした気持ちがあった」。だが、直接会って話をしたのは、これが最後となった。
「申し訳ないという気持ちは、僕の中では終わっていません」。江川氏は目を充血させながら、声を絞り出した。
小林繁さんが突然亡くなりました。
僕ら世代なら、こんな話は共有してるはず。
小林さんと言えば、江川卓さんとの「空白の一日」の電撃トレード。
小林さんと言えば、アンダースロー。
小林さんと言えば、明石家さんまさんの物まね。
上記の記事の中に、小林繁さんの人柄が偲ばれる温かい言葉がありました。
小林さんからは『お互い大変だったな』と声をかけられた。
小林さんから声をかけているのが、また素晴らしいですね。
この言葉があるのと無いのとでは、江川さんにとって大違いのような気がします。
小林さんの、ご冥福をお祈りします。