イーソーマスター日記 -122ページ目

ちかれたび~

今日はお昼から、家族4人で天六近辺を散歩しました。


次女をベビーカーに乗せ、妻と僕が交代しながら押しました。


長女は、歩いたり、ベビーカーの前の足置きに乗ったりしながら、4時間くらいのお出かけでした。


長女も次女もご機嫌です。


非常にGOODなことです。


ただ、僕が頭痛と足が痛むことを除けば・・・


改めて言うまでもないことですが、子育ては、体力です!

ルール

フリー雀荘を開業するにあたり、もっとも考えたのは店のルールだ。


来てくれる予定のお客さんは、僕の知り合い。


結構、麻雀を打ち慣れた連中だ。


そこで、ゲーム性の高い刺激的なルールを考えた。




開店当初の三人打ち「P」のルールはこんなところだった。


・アリアリ

・東場はテンパイ連荘、南場は他家があがらなければ連荘

・ノーテン罰符は場に6000点

・赤は2枚ずつ

・抜きドラは華牌

・赤ドラは祝儀

・抜きドラは3枚または4枚抜いてあがると祝儀

・トバシの10000点は、得点になる

・箱下アリ




現在の三人打ちの店のルールと比べればよく分ると思うが、かなり異色だ。


ノーテン罰符が6000点ということと、トバシの10000点が得点になることで、みんな攻撃的な麻雀を打つようになった。


そして、メキメキと強くなった。


2,3年もすると、その効果は如実に現れた。


店が終わってから、打ち足りない彼らと、よく他店に行ったものだ。


同卓はしないように卓入りし、2,3時間打った。


僕は、店の看板を背負っているつもりで打っていたので、10回行けば、8回以上は勝っていたような気がする。


彼らも、それくらい勝っていたように記憶している。


また、現在やっている「フリー雀荘対抗戦」と似たような「エムズ杯」という大会では、4人打ちの大会ながら、3回に1回くらいは「P」が優勝していた。


10年ほど前、「P」は「大阪で最強!!」などとよく言われていた。


正直、かなりレベルは高かった。




しかし、こんな「ガラパゴス」のような進化を遂げた店は、後々苦労することとなった。


どうしても、知り合いの常連同士となり、馴れ合いがひどくなった。


それは、僕の歓迎するところではない!


そこで、新しい血が欲しくなった。


開店から2年ほど過ぎてから、「近代麻雀」に広告を出すことに決めた。


当時、大阪の3人打ちで広告が出ていたのは数えるほどだ。


「P」は、点5の三人打ちの先駆けであった。


大阪で点5の三人打ち自体が、「P」と天王寺の「R」しかなかったと記憶している。




広告を出すと、他店で打っていたお客さんが来るようになった。


他店では点10を打っていたようなお客さんばかりだ。


ところが、全くと言ってよいほど、新規来店の日には勝てない。


そうすると、2回目はなかなか足を運んでもらえない。


理由は2つ考えられた。


・ルールの特異性に順応できない

・その特異なルールに慣れた常連のレベルが高い


そんなわけで、広告を出したものの、大した効果は得られなかった。

絵心

近頃、ブログの更新もままならないマスターです。


原因は、この寒さではありません。




さっき、テレビで「スッキリ」を観てたら、映画「ゴースト」の日本版を紹介してました。


そこで、松嶋奈々子が陶器にイラストをいれるシーンがありました。


可愛い、キツネか猫かはたまた犬・・・???


そんな感じでした。


しかし、その答えは・・・・・「ムーミン」!!!


絵心のなさは、僕以上ですね^^