ちかれたび~
今日はお昼から、家族4人で天六近辺を散歩しました。
次女をベビーカーに乗せ、妻と僕が交代しながら押しました。
長女は、歩いたり、ベビーカーの前の足置きに乗ったりしながら、4時間くらいのお出かけでした。
長女も次女もご機嫌です。
非常にGOODなことです。
ただ、僕が頭痛と足が痛むことを除けば・・・
改めて言うまでもないことですが、子育ては、体力です!
ルール
フリー雀荘を開業するにあたり、もっとも考えたのは店のルールだ。
来てくれる予定のお客さんは、僕の知り合い。
結構、麻雀を打ち慣れた連中だ。
そこで、ゲーム性の高い刺激的なルールを考えた。
開店当初の三人打ち「P」のルールはこんなところだった。
・アリアリ
・東場はテンパイ連荘、南場は他家があがらなければ連荘
・ノーテン罰符は場に6000点
・赤は2枚ずつ
・抜きドラは華牌
・赤ドラは祝儀
・抜きドラは3枚または4枚抜いてあがると祝儀
・トバシの10000点は、得点になる
・箱下アリ
現在の三人打ちの店のルールと比べればよく分ると思うが、かなり異色だ。
ノーテン罰符が6000点ということと、トバシの10000点が得点になることで、みんな攻撃的な麻雀を打つようになった。
そして、メキメキと強くなった。
2,3年もすると、その効果は如実に現れた。
店が終わってから、打ち足りない彼らと、よく他店に行ったものだ。
同卓はしないように卓入りし、2,3時間打った。
僕は、店の看板を背負っているつもりで打っていたので、10回行けば、8回以上は勝っていたような気がする。
彼らも、それくらい勝っていたように記憶している。
また、現在やっている「フリー雀荘対抗戦」と似たような「エムズ杯」という大会では、4人打ちの大会ながら、3回に1回くらいは「P」が優勝していた。
10年ほど前、「P」は「大阪で最強!!」などとよく言われていた。
正直、かなりレベルは高かった。
しかし、こんな「ガラパゴス」のような進化を遂げた店は、後々苦労することとなった。
どうしても、知り合いの常連同士となり、馴れ合いがひどくなった。
それは、僕の歓迎するところではない!
そこで、新しい血が欲しくなった。
開店から2年ほど過ぎてから、「近代麻雀」に広告を出すことに決めた。
当時、大阪の3人打ちで広告が出ていたのは数えるほどだ。
「P」は、点5の三人打ちの先駆けであった。
大阪で点5の三人打ち自体が、「P」と天王寺の「R」しかなかったと記憶している。
広告を出すと、他店で打っていたお客さんが来るようになった。
他店では点10を打っていたようなお客さんばかりだ。
ところが、全くと言ってよいほど、新規来店の日には勝てない。
そうすると、2回目はなかなか足を運んでもらえない。
理由は2つ考えられた。
・ルールの特異性に順応できない
・その特異なルールに慣れた常連のレベルが高い
そんなわけで、広告を出したものの、大した効果は得られなかった。
絵心
近頃、ブログの更新もままならないマスターです。
原因は、この寒さではありません。
さっき、テレビで「スッキリ」を観てたら、映画「ゴースト」の日本版を紹介してました。
そこで、松嶋奈々子が陶器にイラストをいれるシーンがありました。
可愛い、キツネか猫かはたまた犬・・・???
そんな感じでした。
しかし、その答えは・・・・・「ムーミン」!!!
絵心のなさは、僕以上ですね^^