お疲れ様です!
19期大岩あやかです!
エアビほんとうに楽しかったです![]()

最近は三田祭で使ったお金を取り戻すべくバ畜生活にいそしんでいます
三田祭お疲れ様でした!
みなさん体調は大丈夫でしょうか?皆この三田期間頑張りすぎなくらい頑張っていて、最後まで駆け抜けていたと思うので、そんな沢山がんばった自分を今度はちゃんと労わってあげてください


ちなみに私は咳と鼻水がえぐいでてるんですけど、熱は微熱程度ですぐ下がって耐えてます(^_^)ノ
そして18期引退おめでとうございます!!やっと18期が引退してしまうのを実感して本当に悲しいし寂しいです。。ステージ公演の18期が踊っているアウトロの動画はもう何回も見てはうるうるしています。特にこの三田期間では18期の存在のデカさを感じていて、沢山お話もしてくれて、笑ってくれて、背中を見せてくれて本当に感謝しています。
引退、ほんとにしちゃったの!!!


空也文太も引退おめでとう。2人は同期内でのバランスを保ってくれる存在で、飲みもたくさんかましてくれてて、特に最後らへんのコンビでしていたワイン1本一気は普通にくらいました。この三田期間2人の気概を一番感じられてめちゃよかった

三田祭後になってしまい、またエアビでブログ遅延した人、という激シャバコンテンツを成立させてしまい大変申し訳ないですが、少し落ち着いたところで三田祭の振り返りとこの期間に考えていたことを書かせていただきたいと思います!
長くて読みづらい拙い文章ですが最後までお付き合い下さると嬉しいです!!
1、自己紹介
2、前に出る意味
3、モチベーション
の三本立でおおくりします!
ではスタート❣️
自己紹介
至って普通の人生なんですけど、ご容赦ください、‼️あと長いんで全然飛ばしてください。
2004年11月12日に埼玉県で生まれて1年くらい過ごし、その後20年間ずっと横浜に住んでます!生粋のハマっこです‼️バイトも3年間ずっと横浜でしてて、まじ横浜大好き人間です。笑
MBTIはめっちゃすきなんですけど、同じやつが出たことがあんまりなくて困ってます。自分的にぽいかなあと思うのはisfp、intp、enfpあたりかな?と思いますが、真偽は不明です。すみません、
上に兄がいて、常に喧嘩しながら育ってきました。兄は意地悪めっちゃしてくるタイプで、小さい頃はよく泣かされてました。今でも顔合わせるとよく喧嘩します。ウザっ!!!!
今は慶應の院生で、研究室がなんだかんだとかで慶應の金でめっちゃ海外旅行行ってて羨ましいです。
母は、私とは正反対の超しっかり者で、家族旅行の際は毎回40-50ページもの旅のしおりを作成して家族みんなに配布したり、出先のスケジュールは分単位で決めていたりします。
計画力の鬼・母に甘え何でもやってもらっていたら気づいたらこのような計画力皆無女が爆誕してしまいました。きゃぱいー まじ全然人生危機感感じてます
父はまあ自由人で、私が幼稚園生くらいの時に会社を突然やめて今は政治家をやっていて、選挙にはめちゃくちゃ行かされますし、思想を植え付けられそうになりながらしぶしぶ投票に行ったりしています。でも、家族の中ではマインドめっちゃ合って、昔からよく二人で夢を語り合ったりしてます。⭐️
幼少期から小学校までは実はバレエを6年間くらいやっていました。
ピアノも半年で辞めたんですけどやってて、当時5歳の私が練習で全然引けたことない曲を本番の発表会でバッチリ完璧に弾きあげたという逸話付きです。
ピアノ教室の先生に毎回でかい声で「おはようございます!!!」と挨拶しなきゃいけないのが恥ずかしすぎてすぐ辞めちゃったけど、ピアニストになってたら才能開花してたかも。あー残念。
KUMONにも同時期通っていて、早取り勉強しすぎて全国で数十人しか選ばれない賞に選出されたりしてました。笑
小学校は受験受けてる時以外は無欠席でした⭐️一回も熱出たこと無かった健康優良児⭐️⭐️
そして中高は、19期だとあや、ひなか、ゆめ、たりお、よしだ、18期まほさんゆりさん、20期みはな21期はなこ、ももえなどなど個性強いメンツが沢山いる洗足出身です。
たしかに洗足時代もなんかおもろい同級生ばっかりだなと思ってたけど、こんなに癖強だったとはびっくりしてます!笑笑 活発な女の子が多かった!!!!
多分私の人格形成に1番大きな影響を与えたであろう洗足での話をちょっと書こうと思います。
中受を経て、ウッキウキで入学したのもつかの間、入ってみたら監獄のような学校‼️勉強は大変だし、意味わからない校則が沢山あるんです‼️夢の学校生活を思い描いていた私は入ってすぐ絶望しました。
そのまま勉強を全くしない中だるみ4年間に突入。友達と遊びほうけます。
部活は、優柔不断が大炸裂し入部最終締切日まで迷って、結局その時隣だった友達に押し切られてバドミントン部に一緒に入部届け出しに行きました。19期ならわかると思うんですけどそれがはちこです。
今でもずっとESの公演見に来てくれてて、ガチマブです。どれくらい仲良いかって言うと、中高一緒に居すぎて、先輩に二人って、付き合ってないよね、、、?💦と本気で心配されたくらい仲良いです。
結構上下関係厳しかったんですけど部活では友達と一生ふざけ合ってました。先輩とか先生にあだ名つけて爆笑したり、ウホとかゴリリンとか、コケシとか今思うと酷いあだ名で読んでましたね。笑"
ほんとにでも、いい子がいっぱいで良い友達に沢山出会えたことにはとても感謝しています。今でも刺激を沢山受けています。
授業はほぼ話すか寝るかで、課題も全くやらない、みたいな大学の事なんて1ミリも考えない毎日送ってたんで、気づいたらめちゃくちゃ落ちこぼれていて、洗足は授業がテストの点でクラス分けされてたんで、下位常連組に入ってて、やば!!はず!って思って、そっから勉強頑張ろうって思ってスイッチいれました。
人生でいちばん頑張ったのが受験期と言っても過言でなく、1年半くらい毎日めちゃくちゃ勉強しました。がんばった!!!国立が正義みたいな学校だったんでまあそれに流されて国立志望にしてたけど、高2の12月クリスマスにひとり勉強しすぎてイラついて、絶対に東大に行く‼️となぜか決意。
そこから毎日10時間はマストでやってました、
結果的に東大は行けなかったんですけど今こんな楽しいので結果はオーライです![]()
臨海セミナーに途中からいってたんですけど、そこで康平と出会いました。少人数だったので全教科一緒に受けてました。ウケる。まじなんか今よりも無口だけどおもろいキャラやなあって思ってました!まさかesにいるとは!!!当時互いに大岩さん、早川くん、と呼びあっていたのでたまにたいがとかがいじってくる下りはここからきてます。
えすにはいった理由は、もともと高校でダンス部に入ろうかと思ってたくらいの気持ちだったんですけど、高校のダンス部の発表見て、大学ではダンス絶対やりたい!と思ってダンスサークル見はじめて、YouTubeで慶應のダンスサークル検索して出てきたのがes girlsの動画で、マジでバチバチにかましていて絶対慶應行ったらes入りたい!って思って受験期ずっと見てました、慶應入試前日もそのYouTube見て寝たの覚えてます。
lockはやっぱり新歓の時に見たscにまじくらってやりたい!と思ってそっからずっととってます!
2、前に出る意味
皆さんは前に出ることって普段意識してますか、私の場合はこれが結構苦手で、自分が前にでるのがあんまり得意じゃない性格なのと、ダンスの自信的な面でもいつも誰かに前を譲る、みたいな感じでした。
裏コマの見合いの時あるじゃないですか、その時も毎回自信なさすぎて絶対に1番後ろを譲らない鉄壁ガードを決めていました。
今の下級生は皆自信を持って踊れていて、スゴい!!!!!なのでこの文は、アドバイスではなく自戒とこういう風に悩んでいた、という小さな告白として思って貰えれば幸いです汗
特にlockは人数も多い分、誰かの心にとめられたりすることが難しくて、それにずっと悩んでいたし、その分、同期が輝いていたり先輩に認められていたりすると焦りや悔しさが募るばかりでした。。。



1年の矢上祭は、にじほさんの手紙に、「もっと前に出ろ!!」と書かれていて、当時の私は 前に出るって、具体的にどうすれば、、と思っていました。
振り返ってみると、あの頃の私は「前に出る=大勢のいる場で目立つ」「前に出る=上手い人だけができること、やっていいこと」と思い込んでいました。
でも本当は、前に出るということは誰でも出来る簡単なことであり、小さなことから始められることでした。
例えば、
・コンビの時にいつも話さない先輩や後輩に自分から話しかけてみる
・同期に自分の考えを共有してみる
・コマ中勇気を出して先輩にアドバイスもらってみる
・集会室に毎日行って自主練めちゃくちゃ頑張ってみる
・見合いの時に最前列で踊ってみる
・コマでめちゃくちゃ声を出す
・期ごと通しで目の前にいる人にくらわせる
・飲みでかます
などなど
もちろん、通しで食らわせるためには相応の自信を付けるために練習しなければなりません。飲みも、周りに迷惑をかけるくらいかませと言っている訳ではありません。
私が言いたいのは、こんな小さな一歩でさも、やってみれば、自分らしさを前に出すことはできる、ということです。
そして、こういう小さな積み重ねこそが、結果として「前に出ている人」をつくっていて、それが誰かの目に留まる、その人が評価される・・・というサイクルなのではないかと思います。
正直、皆を魅せられるような技術を保持していて、それで前に出られるならそれが一番わかりやすいし、かっこいいし、誰もが憧れる道だと思います。
その道を選べる人は本当にすごいし、努力の量も質も尊敬しています。
ただ、みんなが同じ速度で成長できるわけじゃないし、
技術をつけるまでに時間のかかる人もいれば、
技術とは別のところで存在感を作っていくタイプの人もいる。
どちらも同じくらい価値があって、どちらもチームに必要な存在なんだと思います。
“自分のやり方で一歩を踏み出していい” ということを伝えたいです!
私自身、昔はその視点がなくて、
同期に意見を伝える勇気や先輩に頼ってみる勇気、
出来たことを進んで見せようとする気概――
その小さな行動が 前に出る一歩 だと気づいていませんでした。
でも今思えば、たった一つの小さなアクションが、自分の印象も、周りとの関係も、そして自分が踊りと向き合う姿勢さえも、少しずつ変えてくれるんだと感じています。
また私は、ダンスにおいても日常においても、個性を皆大切にして欲しいなって思います!
ダンスって、その人のキャラ、バックボーンがめっちゃ出る表現方法だし、よく言われるダンスに正解はないみたいなのがそれだったりしますよね。憧れの人のシルエット真似しても自分がやるとなんか違ったり、自分だけの踊り方、かっこよさがあったり、、みんな1人ひとり、自分の個性を大切にして欲しいなって思います。
キャラも誰ひとり欠けることなく全員めちゃくちゃ面白くて、いつも話してて楽しいです![]()
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そしてesにはありがたいことに挑戦する機会が沢山設けられています。私はひとつやふたつの失敗はむしろした方が良いと思っていますし誰も失敗しない恥をかかない人なんていないと思います!
失敗することが悪いことではなく、失敗を経験として捉え、もう同じ失敗をしないようにどうしていくか試行錯誤していく過程にとっても意義があると思っています。
私は今までesで挑戦してこれなかった側の人間なので、これをめちゃくちゃ後悔してます、正直1年2年でこうしとけばよかったみたいなことがたくさんあります。。。
チャンスを自分から掴みにいくこと!これができる人ってすごいし皆が出来るようになれば良いなと思っています。
長すぎるかも!!
読むの疲れましたよね?書くのもつかれました。この後10時間バイトがまっているのにまだ寝てません。ねたい!!!
ここまで読んでくれてる人あんまいないと思いますが読んでくれてる人はもうちょっとだけお付き合いくださいm(_ _)m
3、モチベーション
長い4年間の中で、モチベーションを保ち続けるのは本当に大変ですよね。
バミリやオーデの結果で気持ちが揺れてしまうこともあるし、頑張っても届かない現実に落ち込むこともある。そんな経験esにいたら誰しも必ずありますよね。
私自身も、正直「辞めたい」と思ったことは何度もありました。キャパが広いわけでもないし、ダンサーになるわけでもない。「このまま続けているべきなのか?」と、自問自答していました。
ただ、そこで踏みとどまるために大切なのは、
「疲れたからやめよう」ではなく、「自分はやり切れたか?」という問い なんだと思います。
人は、「どうせ頑張っても報われない」「あの子には到底かなわない」
そう思ったときに心が折れやすいと言われています。
私も実際、2年の三田祭のラスコマ後のコンビで酔った勢いでみそらさんに泣きつきながら「どうせ私なんて...」と訴えたことがありました。あの時は泣き喚いてほんとにすみません。。。



私自身、常々同期が本当に大きなめちゃくちゃモチベーションになっていました。
本当に何度も救われてた。ありがとう

三田祭が終わって、皆がこんなに本気で向き合って、1つの方向に向かって全力で努力し、時には本気でぶつかったりできる環境って本当に中々ないんじゃないかな!と改めて思いました。
みんなと作り上げた三田祭、
ロックバチバチにかましてたカッコイイ先輩、話しかけてきてくれたり仲良くしてくれた後輩、一緒に助け合った同期全員と一緒に過ごせた時間がほんとに幸せでした!!!あーほんとにesに入って良かった、と感じられる三田祭、そしてこのes lockが好きです!
先輩方が大切に繋いできてくれたeslockを、今度は自分が後輩に伝えられるよう努力していきたいです
長くなっちゃったんですけど、ここまで読んでくれてありがとうございました!