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日々混迷

ちょっとズレていたりかなり腐っていたりする元女子の
日記兼備忘録兼クダマキ記

たつこさんのことについて。


うちはうち、よそはよそ。
この言葉が我が家にはよく似合うらしい。
嫁姑問題というのはドラマで見るものだったし母の旧姓はない。父は婿養子だったし母と祖母の喧嘩は遠慮がない(現在進行形)。

日本で一般的とされる家庭とは少し違うかもしれないと私が気付いたのは高校を出た頃だったと思う。何しろ私の性格や思考形態自体がややズレていた。
あれ、少し違うのは私だけじゃなくて家も、なのか、となったが、それが私の家だったんだしまあいいか。と納得して今に至っている。
そして、そんな我が家の元締が、私が呼ぶところの「たつこさん」。
母方の祖母、当年とって99。


祖母が玄関先で転んで左大腿骨骨折をしたのは5年前のことだった、と思う。春先、意外と遅い九州の桜が咲く頃のこと。
四月一日だった。
その一報を受けたときにエイプリルフールかと思ったはずだから。
よく言われる、「お年寄りが転んで骨折して入院」イコールあるいは矢印「死ぬまでベッド」の常識はたつこさんには適用されなかった。

ちょうどその年のゴールデンウィーク、我が家は鹿児島旅行の計画を立てていたのだ。
大分県の国東半島で生まれた祖母は、教師をしていた父親の仕事の関係ですぐに鹿児島に引っ越してそこで大きくなったらしい。
時代は大正、なのに転勤族というのがあったのかはよくわからないが祖母にとって鹿児島が故郷のようなものだからそれはもう楽しみにしていて、ほんの5ミリの段差で躓いたことやサンダルに靴下という組み合わせだったことなど頓着せずに看護師長を呼び止めて宣言した。
「5月の連休に旅行の予定があるのでそれに合わせて退院しますけん」
その時の看護士長の胸中、お察しします、とここで言わせてください。
いろんな患者はいるでしょうが、入院二日目でそう宣言し、その(本人の思う)通りに退院していく患者はそうそういない。
手術の麻酔が切れてから一日は痛いとしか言わなかったはずの彼女を、一週間後に最初に見舞いに行った私が見たものは、仰向けに寝て足あげ運動をする祖母の気合いの入った表情。
「ふん!」「ほっ!」という掛け声付き。

介護福祉士の姉は、今も語る。
転んで、足の方向が良くなかったから、ああ骨折だ、寝たきりになるな、と思ったのだと。
祖母を良く知る姉でさえそう思ったのだ。
なのにたつこさんは見事に復活した。
左の大腿骨にボルトは入っているが、今も、シルバーカーで、杖で、ショッピングカートを押しながら歩く。
以前転んだ時の反省かトラウマか完全にフラットな場所でないと歩きたがらないが、スーパー等では反動のように歩く。
姉と私とスーパーに行くと、レジに列ぶ私達に「後二周して来る」と宣言して姿を消し、休憩所で寛ぐ孫二人に自分の財布とイチゴのパック(商品)を無言で手渡しまた消えるということもよくある。
(ちなみに買う気はあるがレジに列ぶ気はない。会計や交渉は娘や孫のやるものと純粋に思い込んでいる。なぜだ)
そこまでのリハビリに耐えたのは、医者の言うことを話5分の1で聞き(※個人的感想)リハビリのお兄さん(作業療法士さん?)に一ヶ月以内で退院するからそのスケジュールでと詰め寄り(※又聞きなのでそういうニュアンスだったかは不明)ゴールデンウィークに鹿児島に行くという目標意外考えないというストレートな思考と行動だった。
彼女のその姿に単純に驚き呆れた人の一人だった私だが、姉の驚愕はもっと凄かった。
何しろ彼女は介護福祉士、お年寄りのプロである。
高齢の方が転んで骨折した後のケースは現場でたくさん見てきた。
そして復活したたつこさんと鹿児島で共に歩き、旅館で日本酒を頼んだ姉に何故か対抗して自分も飲み(本当になぜだ。風邪気味の時に卵酒飲むくらいなのに)、アルコールが腰に来て立てずに笑うたつこさんを抱えながら姉はしみじみと思ったらしい。

このばあさんを普通のおばあちゃん扱いしてた自分が間違ってた、と。

ちなみに私はその鹿児島旅行には参加していない。
当時私が勤めていたのが地元のデパートで、ゴールデンウィークは催事もあり(懐かしの『はな○るマーケットおめざフェア』。個人的に好きな店が来ることもありそちらに気を取られてた)連休は取れなかった。取らなかったともいう。
なのでメンバーは、たつこさん、母と父、姉夫婦の5名。
大きめの車を借りて行ったのを見送り、当時まだ元気だった我が家の愛犬の散歩と仕事を淡々とこなしてた。
が、たつこさんは「あれ、アンタおらんかったかえ」とキョトンとしていたりする。
おらんかったんよばあちゃん。

自分が鬱の傾向を持ってるので自己啓発系の本やblogを読んだり、セミナーなどに顔を出すことがある。
そこで時々聞くことに『自分の限界は自分が決めろ、周囲が決めた自分を演じて生きるな』ってのがある。
たつこさんが、医師の言ってた一般論根拠の予後をかっとばしたのはもしかしてコレなのか?
よく言われる『目標を持って突き進め』なのかもしれないし、『常識を疑え』なのかもしれない。
取り合えずたつこさんは大腿骨骨折を忘れたかのように元気。
それは歩けるようになることを欠片も疑わなかったからで、歩けるようになるために筋トレを熟しつづけたからで、その未来を信じていたからで。
今も、ベッドの上であの時教えてもらったエクササイズを気の向くままにやっている。
寝た体勢で真っすぐ足を浮かせては戻したり、寝返りポーズと仰向けポーズを繰り返したり。
努力というより私達に負けたくないらしい。

なんの勝負なんですかたつこさん。
誰も勝負挑んでませんが。

そんなこんなで、たつこさんは今日も元気です。