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洗脳脱出計画〜洗脳プロファイリング〜エスケープリスト

世の中にはびこる洗脳をプロファイリング。それら洗脳から脱出させるエスケープリストによるエスケーピィングファイル

こんにちは。


エスケープリストの近藤です。



このブログでは、【洗脳プロファイリング】として、世の中に張り巡らされた【洗脳】からエスケーピィング(脱出)するためのキッカケとなるような記事を書いていきます。



ぼくたちが、【本来の自分らしさ】を取り戻すためには、あらゆる【洗脳=価値観】からまずは脱出(エスケーピィング)する必要があり、そのための具体的なエスケーピィングレッスンもお伝えします。



さて、先日、身内の命日が続いたので、正月以来のお墓まいりに行ってきました。



ぼくは、そもそもですが、【お墓を買う】ということに疑問を持っていますが、なぜお墓というものが存在するのかということを考えてみたいと思います。



調べてると、縄文時代・弥生時代にはお墓という概念があったみたいです。



ただし、現在のようなお墓ではなく、合祀型のものだったらしく、各村の一角に成人と子供を分けたかたちで、埋葬していたようです。



その後、古墳時代以降は【権力者】だけのものとなり、権力の象徴として作られるようになり、庶民のお墓はなくなりました。




そして、時代が進むにつれ、江戸時代から鎌倉時代には現代の新仏教へとつながります。




その影響により、武士階級やそれなりの階級の人は作れるようになったみたいです。




そして、江戸時代中期には、ぼくたちがよく目にするお墓というものを建立するようになったのではないかと言われています。




この頃から【檀家制度】が始まり、キリシタンを禁止するために、お寺がその村の戸籍のようなものを扱うようになったことが起源とされています。




それが、現代のようなお寺とお墓の関係を生み出したと言われています。




ただし、江戸時代は、個人墓や夫婦墓であり、先祖代々のお墓ではありませんでした。




それを明治になって明治政府が神仏一体を分離しました。



その後、家族や親族という意識を民衆に持たせるために、【家→国家→軍事という国の支配体制を作るための道具として、お墓が個人だけが入るものではなく、先祖代々が入るものに作り変えられた】と言われています。



当時は、お墓はお国のために命を捧げるという思想を補助するための道具でしかありませんでした。



現在もこのような先祖代々のお墓の形態が現在まで引き継がれていますが、明治政府のような軍事的な考えはありません。



あくまでも一族の血のつながりや結束を大切にするために、お墓は存在しているとされています。



うーー、、、なんだかややこしい成り立ちがありますが、こういうことを少し調べるだけでも、【お墓の存在】に疑問を感じてしまうのはぼくだけでしょうか。



ぼくの身内にはわざわざ、遠くの不便なところに何百万も費用をかけて建立しておりますが、数年に一度お参りにいくかどうか。



本来、亡くなった方を【思い出し、その亡くなった方のために時間をかけて敬意を尽くし、お参りする】ことによって、その故人を慈しみ、敬うことでぼくたち身内や家族の心がスッキリする行為がお墓まいりなのかなぁ、と思います。



だから言い換えたら、【完全に自己満】であり、故人がそんなことを望んでいるのかもわかりません。



もしぼくが亡くなって天国というものから家族を見ることができれば、【たまにでいいのでぼくのことを思い出して笑い話のひとつでもしてくれれば】いいと思っています。



別にお墓も入らないし、何もいらないです。



成り立ちから見てもわかるように、【お墓】というものが、仏教の手によってビジネスと変わり、明治政府にいたっては、【国家戦略による国家思想】につなげることが目的で広まっています。



本当に故人のことを想うなら、家の敷地に何か建ててそこに祀ればいいのではないか。




お墓を購入した者がそのときの、葬儀屋やお坊さんの言うがままにすすめてしまって後々後悔するパターンはいくつもあります。



最近やっていませんでしたが、ぼくは亡くなった父親に手紙を書いたりしていました。



そのときの現況の報告とこれからどんなことをしていきたいのか、または家族の様子などを想いのまま書き綴った手紙を書いたりしていました。




ぼくはこういう行為こそが、本来の故人のお墓まいりにみる、【故人を思い出し、慈しみ、敬う】行為だと認識しています。




【立派なお墓を建立しないといけない】という洗脳がなぜか行き届いており、なんとなく、それに疑問を持つわけでもなく、葬儀屋やお坊さんに言われるがままに建立してしまっているのではないか。




ましてやなぜ、お坊さんがそれを仕切り、寺院に埋葬するカタチになったのかなんてナゾでしかなく、完全にビジネス色でしかないと思ってしまうわけです。




故人を思い出し、慈しみ、敬う機会はお墓でなくたって成立させることができるはずです。




本来のお墓まいりの意味を考えればそれを達成するやり方はいく通りも考えられます。



お墓を高い費用を掛けて購入し、お墓参りますをするという【洗脳】がぼくたちの無意識に植えつけられていると思います。



幼少期から無意識で目にしていた【お墓参り】に植えつけられた洗脳があると思い、エスケーピィングをさせていただきました。



では、具体的にエスケーピィングレッスンに入ります



ステップ1

お墓まいりにいったことがあるなら、なぜいっているのかを書き出してみる
※パッと思いついたことを最低5つずつ


ステップ2

ステップ1で書き出した理由のうち、あなたの本心からくる理由はあるのかを考える。
そして、本心からの理由でないものに【❌】をつけていく


ステップ3

ステップ2で、残った本心からの理由があるのであれば、お墓参りの替わりになるいく理由を満たすものを考える

すべて❌で、本心からの理由がなければ、いまその場で本心から出るお墓参りにいく意味を自分なりに考えてみて、その意味を満たせることをお墓参り以外で考える


ステップ4

ステップ3までのレッスンで、【お墓参りに行かなくてもそれを満たすなんらかの方法】が見つかったはずなので、それを実践し、お墓参りしたときの感情と比べてみる





以上がレッスンになりますが、このレッスンをこなして、それでもなお、【お墓参りに行く意味】が感じられる感情が湧き出てくるのであれば、それはきっとあなたにとって大切な故人を慈しみ、敬う行為なので、これまでと変わらず継続してみてください。



別の方法が、見つかったあなたは、その方法で故人を慈しみ、敬ってあげてください。



エスケーピィングレッスンで出たあなたの感情が大切です。



エスケーピィングして、必ずそれまでと違った価値観に書き換わるとは言えません。



本来のあなたの価値観にしっかりお書き換えることが目的ですので、そのときの感情を噛み締めながらあなたの本来の価値観に気付いてください。



それでは、今回はこれにて終わりにします。




次回も身の回りに潜む、【洗脳】を解き明かすべく、エスケーピィングをしていきたいと思います。



最後までお読みいただき、ありがとうございました。