5000年以上も前の大昔、かの有名なチグリス・ユーフラテス川の沿岸地域で、当時としてはハイレベルな文化が発達しました。

このチグリス・ユーフラテス川の沿岸地域のメソポタミア文明の発達に伴って、印章も発展していきました。

この印章は、飾り玉とか護符あたりから進化していきました。

人々は、表面にいろんな模様を彫った丸い筒を、平べったく寝かせたねん土の上で、そばやうどんの麺作りの棒みたいにゴロゴロ転がすことでねん土に模様を刻んで、シャットアウト封印の役割を与えてていたのです。

まあ、あの時代にこんな印鑑屋はありませんでしたからね。。。
印鑑天王寺

この、チグリス・ユーフラテス川の沿岸地域から後世に掘り起こされた印章の数ときたら、それこそ数えきれないレベルであります。

なんせ、フランスはパリにある天下のルーブル美術館には、この時代の印章がイヤというほど展示されていますからね。

まあ、チグリス・ユーフラテス川の沿岸地域のメソポタミア文明において、どれだけ人々が好んで印章を使い込んでいたかがうかがい知れますよね。

そのたくさんある印章は、石でできているものがほとんどで、たまーに貝を印材にしている場合もあるような感じだったみたいです。

上から押印する、今でいうところのスタンプみたいな印章もあったみたいで、虫や獣の形をしている場合がほとんどです。

そして、チグリス・ユーフラテス川の沿岸地域のメソポタミア文明で進化した印章は、西方と東方へ、勇躍恐ろしい勢いでそれぞれ広まっていきました。

東方の中国あたりでは、そばやうどんの麺作りの棒みたいにゴロゴロゴロゴロ転がすことはしなくなった代わりに、様々な形状(丸かったり、四角かったり)の印章に変身しました。

この、中国あたりで変貌をとげた印章の形は、日本にも大きな影響を与え、現代人の我々が日常的に使う印鑑の礎となったわけであります。

かたや、西方に目を向けると、上から押印する、今でいうところのスタンプみたいな印章の文化が人々に影響を与えました。

西方では、大切な書類に、蠟でシャットアウト封印をする場面で、スタンプみたいな印章が重宝されたわけです。

西方のお酒(ウィスキーやブランデー)には、そのシャットアウト封印の名残を確認することができますからね。

別に知りたくない人って人も多いかもしれないけれど、いちおう、チグリス・ユーフラテス川の沿岸地域のメソポタミア文明で進化した、丸い筒型の印章と、上から押印するスタンプみたいな印章について、以下に詳しく解説しておきます。

 

●丸い筒型の印章

キリストが生まれるより5,000年も前から活発に畑を耕したり、家畜を飼ったりして栄えていたメソポタミア(現在のイラク)のシュメール人は、それから2000年くらいしてから都市国家を生み出すことになります。

このころのメソポタミアのシュメール人は、やたらとハイレベルな美術品を作り出したことでも有名であり、表面にいろんな模様を彫った丸い筒型の印章もついでに生み出したと考えられています。

ちなみに、この表面にいろんな模様を彫った丸い筒型の印章は、資産のキープに一役買っていたと考えられています。

いろんな模様には、本当にいろんな種類があって、濃厚牛の交尾シーンが描かれた模様なんかもあるぐらいです。

どんなセンスしてんだ?とか思ってしまいますが・・・。

 

●上から押印するスタンプみたいな印章

だいたい、メソポタミア(現在のイラク)のシュメール人が創出したスタンプみたいな印章は、スカラベという昆虫がモデルになっていることが多いです。(スカラベという昆虫は、当時太陽神の使者扱いされて崇められていたコガネムシみたいな種類の虫です。)

この、メソポタミア(現在のイラク)のシュメール人が創出した、スカラベという昆虫がモデルになっているスタンプみたいな印章は、アフリカ大陸でも広がりを見せ、ギリシャでもインタリオと呼ばれて親しまれてきました。

この文化は、ローマ時代までつながりを確認できます。