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ある日、ネットで地図を見ていると、
カヤック漕いで上陸する島に名前があることに気付いた
砂浜からも泳いでいける距離にある、現在では波が大きくなると隠れてしまう
周囲50メートル位の岩
「洗足岩」

生理的欲求解消のための上陸
で、その島は弥彦神社の神様が上陸した島との伝説があるとの事
縄文海進は収まっていたのだろう
いや、まてよ
縄文海進が平野の基礎を作ったのではないだろうか
それは、さておき
島を観察すると、以前は鳥居だか、祠だかが建っていたらしい四角い穴が
あったりするのです

祟りがないことを祈りつつ
弥彦神社は事務所から近いので、昼休みに散歩にいってみたり、
ネット調べたりしていたのです

伊夜比古神社=弥彦神社
↑の3行目から4行目にある、「天香児山尊」「あめのかごやまのみこと」
を奉っているのだそうです((重要))

弥彦山山頂付近から佐渡を見るの図
きれいですね
そんなこんなで、昨日テレビを観ていると、城の山古墳が一般公開されているとの事
http://t.co/GqPoZgwG
正直、勉強はとても嫌いで、歴史だのは全く興味がなかったのですが
暇なので行ってみました(照)

資料のナンバーは682番
順番まで時間がありそうなので、近くの集落まで散歩すると

神社発見
なんと・・

伊夜日子神社
「いやひこ」と読みます。弥彦神社と同じなのです
不思議な感じ
また、古墳付近集落の地名から弥彦という文字を発見
当然、城の山古墳と関連を疑います

伊夜日子神社より城の山古墳を見る
なんと言う事でしょう
背後にある国内最小と言われる
櫛形山脈の山頂とぴったり重なります(117°)
自然信仰があり、山と位置が関係していると確信します
この時代は、稲作が始まっていたので
ひょっとして、日の出方角と関係あるかも、、直感です
調べてみると、まさしく、冬至の日の出の方角(119°)とほぼ一直線に繋がる訳です
ビビりました
ちなみに、座標
城の山古墳 38°2.545N 139°22.350E
櫛形山脈 38°1.287N 139°25.763E
伊夜日子神社 38°2.643N 139°22.115E

建物が邪魔なので近寄るの図
さらに、頂いた現地説明会資料によると、
棺の主軸方位は北より50°傾いているそうです
これは、夏至の日の出方向(59°)とも関連がない様ですが、
地図で確認してみると
びびります
なんと弥彦と関係があるようなのです
弥彦山山頂座標 37°42.283N 138°48.536E
弥彦山頂から城の山古墳を見ると
なんと、53°の方向なのです
3°は長距離になると、とても大きいですが
棺の主軸方向は53°ではないかと、勝手に思い込んでいる訳です
全国にあるこの時代の古墳の埋葬者の足方向は
その人に関連のあるルーツ、例えば、出生地だとかの
方向を向いているのではないのでしょうか
神社の位置等はむやみに移動しません
城の山古墳は弥彦神社と深い関係があるものと確信している訳です
弥彦神社に奉られている神は諸説ある様ですが
複数の神、この地域を治めた歴代の天皇系の人物を奉っているのではないでしょうか
宝仏殿の書物(比較的最近に書かれた様な)には
「天香児山尊」「あめのかごやまのみこと」とありますが
検索するといろいろな名前が出てきます
http://mainichi.jp/feature/news/20120907ddlk15040005000c.html
それに、↑によると、地元ではこの古墳の事を
「ひと籠(かご)山」と呼んでいるとの事
確信です
埋葬者のDNA鑑定も可能らしいので
ドキドキします

発掘現場の図
ああああ
面白かった

数年育てていたプルメリアが咲いた

娘がかわいくてびっくりします


