…《「母国語…【ヒト】の語元」に付いて》… | 「伊万里」(佐賀県)から発信する日本の国語【ヤマト言葉】の始りに付いて!!

「伊万里」(佐賀県)から発信する日本の国語【ヤマト言葉】の始りに付いて!!

★「日本建国創建史」に於ける【カシマ】(カバラ数価189/佐賀県鹿島の語元)は、Godヤハウェ(数価26)勧請に先立つ社殿(H・IKL数価65が家の語元)を守護する天使(サンダルホン数価280)を示唆する呼称であった!!

…【The Glory of  the God of Israel  came feom the way of the East 】(エゼキエル書・43-2…乃ち…イスラエルの神の栄光が、東の方から現れた】(新改訳聖書刊行会)…

…《世界最初のΧΡΙΣΤΟΣキリストの国とは【日本国】の事で在る》…其の証拠とは、【神社千木】の存在に在る。然るに、神社の【ヤシロ】()の語元は…《ついにはシロchilh来て…創世記49・10》…に言う語根(カルデア語)に在る。又、【千木】の形状は、【ΧΡΙΣΤΟΣ】の頭文字の形状で在った。従って、【キリスト】とは、従来…「アブラをそそがれた者」(キリスト教説)…等とされているが、現実的には…【メシアMessiah】…の事で在り、【シロChilh】(救世主)の意味で在った。従って、我が【日本国】に、【神社千木】が古来から存在する由縁は、【元始・ヤマト国】(秀眞國・此云→袍圖莾句儞)に言う、其の国称(呼称)の語意には…《ΧΡΙΣΤΟΣMessiahメシアが創建した国》…と言う意味が込められていたと言う事で在ります。


…然るに、『The Dead Sea Scrolls(死海巻物)』(1947年発見)の文書を隠し残し、紀元前(B,C31年)に於ける古代ユタやの「ヘロデ王・第7年」に発生した【巨大地震】以後、其の【クムラン秘儀宗団】の人達の行方が定かでないとされるが、其の、【クムラン秘儀宗団】の人達の祖先(B,C6世紀前半頃)の或人達は、[預言者エゼキエル]の忠告(悔い改め)を、捕囚の身に在りながら実践(子孫に伝えられた)を以て、【390年】(エゼキエル書4・4-17)もの長い年月に渡り、【神の顕現】に基づく【ΧΡΙΣΤΟΣ】(Messiah)、即ち、紀元前に於ける【メシア…Messiah】(現在のキリスト教の「イエスキリスト」の意ではありません)を待ち望んでいたので在りました。

…因みに、此の上記(今日・平成26年・2014/08/07/木曜)の【追記】文書の中に於いて、既に、『国史大系…日本書紀』(偽書)の中の…《神話に始まる【景行天皇崩御年】迄》の「歴(暦)年数値」…即ち…「神話暦179万2470年」「皇暦・景行天皇崩御迄790年」の数値が秘められているので在ります。従って、【クムラン・秘儀宗団】者達が、此の、極東の島に辿り着く、其れ、以前(B,C・1世紀頃…クムラン地域でのメシア来臨待望時代)、既に、太陽の国創建的構図は完成させていたので在りました。つまり…現在に言う、『旧約聖書』の【創世記】(ベラシト)の話の中には、既に…【日本神話・皇暦年数値】(アルカナ秘儀数値)が隠されていて、其の【アルカナ秘儀数値】(隠された秘儀数値)を用い、『秀真伝』( ホツマツタヱ)文書の…「神話に始まり、オシロワケ(景行天皇)迄の通歴年数値の設定をしていた」…ので在りました。以上…【追記】を終わります。
 
…「祭司エゼキエル」は、バビロニア捕囚時(前597~538年頃)に、「イェホヤキン」と共にバビロニア連行され、其の地で、捕囚民の預言者として活動を開始(前586年)しました。其の捕囚の時から5年後。ケバル川の近くで捕囚民と共に居た時…《【神々しい幻】(後の世に言う天のメルカバ←カバラの語元とされる)を見た、等と、【エゼキエル書】に書かれています。以後、「イスラエルの家の咎」に対し、【悔い改めの実践】方式(前586年頃~前196~前176年頃迄)を、捕囚の人達に教えた。つまり、其の咎は【390年】で在った事が、『死海文書』の解読、及び研究に因って最近(戦後…大東亜戦争後)に成って解りました。つまり、其の年数は、人間の一生の年代を遙かに超える事から、其の子孫へと受け継がれていったと言う事に成ります。

…其の教えを守った捕囚の人達(テルアビフの捕囚と考えられます)の、其の、子孫の人達(ダマスコ契約者)は、シリアのアンティオコス四世(前175年)の圧政(宗教弾圧)に対し、反乱を起こしたマカベア一家(下級の祭司系)の軍に加勢し、抵抗したので在りました。

…因って、シリアに蹂躙され、面目を失っていたユダヤ民族の大祭司に代わり、地方の祭司であったマカベア一家が、其の反抗軍を率いて、「イェルサレム神殿」の奪回に成功した。其れを記念するかの如くの祭りが、即ち、「宮清め」に言う【ハヌカ祭】(光の祭)で在る。然して、「イェルサレム神殿の宮潔」が行われたので在るが、其の後年に於いて、【
ダマスコ契約者】達は、マカベア一家とは決別したので在った。此れらの歴史的な、ダマスコ契約者】達の出来事等に付いては、歴史的な闇の中に在って、現在に於けるユダヤ民族の人達も、キリスト教の人達に於いても、全く知られていなかったので在りました。然して…「20世紀の終わり頃」…に発見されたのが『死海巻物』(1947年発見)で在りました。

…此の、【クムラン宗団・文書】の発見以後、其の文書(巻物)の研究に因って、解った事の1つとして、【ダマスコ契約宗団】(エゼキエルの預言に因る悔い改めの義の実践者達)の、其の子孫の人達に因る【悔い改めの義】の継承を経て成る、到達年(B,C196年頃)に至も、其の後の活動方針が解らず、其の後の20年を経(B,C176年)て、其のグループを率いる【儀の教師】が現れたと巻物には書かれていた事が解っています。つまり、【390年】もの長い間の、其の【悔い改め・期間】を終え、且つ、其れから更に【20年】の歳月を経た頃、其のグループを率いる【義の教師】現れたと言う事で在る。

…然る後の、【光の祭り】(前163年・宮清め)の時代を経て、以後、【義の教師】に率いられた【秘儀思想・宗団】(此の頃迄は未だ、クムランの地域には居住していなかったと考えられる)の人達は、「初期的エッセネ派?」だった可能性が在ります。然して、其の後年、つまり、「前125年頃…クムラン地域に移動した【悔い改め・宗団者】(エッセネ派)の人達」の信仰の対象は、【メシア・待望論】思想へと向かって行き、そして、「ヘロデ王の第7年」の時に発生した【巨大地震】に因って、其の「クムランの居住地の建物」等は破壊され、以後、其の【メシア待望・秘儀宗団】者達の其の後の行方は解らないと言う事で在ります。然して、此のような歴史的闇とされている時代の事が解ったのは、「1947年(現在のイスラエル国家の成立年に当る)に発見された【死海文書】(1947年発見)に在りました。

…以後、【クムラン宗団】の事に付いての研究の経過等を記した諸本が世界に出回り、現在のイスラエル国に於いて、其の『死海(遺跡)文書』の研究が進められています。そして、其の研究結果に基づき、日本語に翻訳された本が、我が日本の国に於いても出版(日本語訳)されていますが、私が、此の【死海(遺跡)文書】に注目したのは、私の独自的研究を始めてから、「19年」(1986年 → 2005年)の歳月経てからの事で在りました。其れ迄は、神社の【千木】の語元に関し、「ギリシア語を使用する民族」に対し、我が研究の照準を合わせていたので、「古代ユダヤ民族史」には何の関心も持ち合わせていませんでした。それは、「古代ギリシア文字の起元」に付いてで在りました。

…然し、其の研究の転換は、突然やって来ました。其れは、【昭和時代】が終り、此の【平成時代】に至っては、其の昔の「我が若き時の昭和時代に於いて、其の仕事現場が大阪市内で在った」頃の思い出深い【難波】(ナンバ)の街で、或人と待ち合わせの約束をした事に在りました。「我がインナートリップの旅」を決意した「27歳の頃」以後、其の難波の高島屋付近には全く出向く事は無く、現在に於ける私の生活環境的範疇に在っては、全く、行く機会は在りません。然し、在る人と大阪市内で始めて合う約束をした場所が【難波・高島屋】の前に決まったのだった。つまり、知人と会うには梅田の方が都合が良いらしいのだが、私は大阪市内の事は良く解らないので、解りやすい場所は何処かとの問いに対し、私は「高島屋・難波店前」と答えた次第で在りました。「ナンバ・高島屋」の近くの書店で、昔、アルバイトをしていた人の事を思い出し、其の、「難破・紀伊國屋書店」(其の当時、20~27歳頃の私には本屋には全く興味が無かったので入った事は在りません)に行ってみました。
書店の店内は狭く、本のタイトルを閲覧するに時間は掛からず、以て、「古代西洋に関する本」が集められている本棚を眼視して見回っていると…《『死海文書のすべて』(ジェームス・C・ブァンダーカム著)…「訳者・秦(ハタ) 剛平(ゴウヘイ)」青土社発行》…の本が目に止まりました。手に取り、少し中を見ると、【遺跡文書・解読書】的な内容だった。其の頃(平成17年・2005年)の私は、太陽の国思想】(ベルガモンに関連するに関する文書を探していた関係で、此の西洋方面の【遺跡文書】的な本の内容の中に、自分が探している史料に関する、何かの手掛かりが掴めるかも知れないと考え、家に帰ってゆっくり読むつもりで購入した次第で在りました。

…然して、此の時、始めて、大阪で会う約束した「北村正信氏」との接点は、「
大森 忠夫(オオモリタダツグ)氏」が主催する…《古代史に親しむサークル【桃風童子】の会》…と言うサークルに入会しましたので、然る集会(近畿を中心に古代の歴史的遺跡等の散策)に在りました。然るに、其の、「北村 正信氏」とは、此の時に大阪市内で待ち合わせての会話以来、今日に至っても懇意な間柄として私の研究に対し応援して頂いてます。尚、其の時の会話の中で、又、別の、【古代史研究会】(藤田友治先生主催)への誘いを受け、後日、其の入会の手続きも取って頂きました。そんな事を以て、今は、更に、古代史に興味在る人達の仲間も増えている次第で在ります。

…【死海文書】を何回も読んだが、
太陽の国思想】(ベルガモンに関連するには全く縁は在りませんでした。従って、以後、此の本を読むのは止めていました。そして、其れから2年が経過した或時(仕事の最中だった)、不意に、「何故、神武天皇の即位元年」は…《【サナト】(58年辛酉でなければ成らなかったのか?》…と言う問いが頭の中に浮かび上がったので在りました。そして、其の数値と…《【ヨベル年の仕組み》…とが絡み合っている形が瞬時にして我が頭の中に浮かびあがったのでありました。

…以後、『死海文書のすべて』(2005年初版)の本を再度、検証した結果、【タケヒト(後の神武天皇)・東征物語】の創案的内容を、其の、『死海文書のすぺて』(1947年発見)の本の中に見出した次第で在ります。従って、其れ以後、【日本国家・創建民族】を特定する研究方式は、此の、【死海文書・宗団】(クムラン・秘儀宗団)で在ると結論付けるに至った次第です。其れ以後、【日本・建国基点】の設定方式をも見出した事(2012/12/年末)を以て、今、其の纏めの段階では在るが、我が国の【母国語】(日本語)に言う、【ヒト】の語元と、其の語元の元に関する事等を、簡単では在りますが、少しだけ、此処に記しておこうと思う次第で在ります。

…然るに、【元初ヤマト言葉】の起元(起源ではありません)を以て成す、【倭語・ヒト】に於ける言語の語根、及び、語元を特定するに至り、是迄謎とされてきた【日本語の起元】に関し、説明するとすれば、先ず最初は、【倭語・数値言語】の単語の造語に在った。尚、基本的には、【1文字単語】(アルカナ・隠された文字)に始まります。然る意を以て、【2文字単語】を造語し、其の語意に付随する単語等が造語されて行きました。

…【母国語・数値言語】に言う【ヒト】の語根とは、アラビア数値を以て書き表せば…《【110】(1…・10…)》…に起因(自説)する。尚、此の言語の造語の元と成ったのは、近世に於いて発掘された粘土版、即ち、「アトラ・ハシース(Atra Hasis)叙事詩」の中に求める事が出来ます。

…シュメール(実際的発音は【シュメル】とされる)神話の【洪水伝説】に関連する…『アトラ・ハシース叙事詩』…に言う、【アヌ】(空神)、【エンリル】(風神)、【エンキ】(水神)等の神々の話に因ると、労役を司っていた【アヌンナキ・Anunnaki】は、
イギギ】(イギグ)を創造した。そして、其の【イギギ】(イギグ)を、運河の労役に就かせた。然し、「40年後」(3600年と成す話も在る)、上位の神々に対して反乱を起こす。そして、労役を拒否した。然る意を以て、母神マミ(母の語源…ニンフルサグの事)達は、生贄にされた…《ゲシュトゥ・エ(Geshtu-e)…死んだ知恵の神の名前》…の血肉を粘土に混ぜ、「其の十ヶ月後、ヒトを創造した」。そして、反乱を起こしたイギギ(イギグ)に代え…《新たに創造したヒト】(人間を労役に就かせた》…と成す、其の物語に言う【イギギには、【神話的・秘儀数値】が割り当てられていたので在る。然る意を以て、考察すれば、其の【神話的・秘儀数値】に言う、イギギ】に割り当てられていたとされる【秘儀数値】の中の、【或数値?】が、我が国、即ち、【元始・ヤマトクニ】(ヒノモトクニ)の創建に当たっては、尚、新た成る言語(国語)を設定するに於いては、其の【ヒト】の語元に対し…《【倭語数値】に言う【】()&【】(10)》…と成す【数値言語】が用いられたので在る。と言う自説を、此処に記載する事と致します。

…此の上記の物語は、其の後、『 エヌマエリシュ』(enuma elish)と言う物語に引き継がれ、又、ウガリット神話、ギリシア神話等にも取り込まれているが、「古代・ユダヤ教」に言うBible】(後の『旧約聖書)にも、此のような思想等は取り込まれていたので在りました。

…『アトラ・ハシース叙事詩』に因ると、其の後、【ヒト】が増え、そして、「600年…未満」が経ち、「其の国内中には、唸る牡牛の如く騒々しく成った」。其の騒がしさに、【エンリル】は、「洪水を計画する」。然し、其の計画は【エンキ】に聞かれ、其の近くに居た【アトラ・ハシース】(旧約聖書』のノアの出来事に類似している)」が、其の計画を知る事と成る。乃ち、此処の話の部分が、【創世記】(後の『旧約聖書』)に記されている「洪水伝説」の部分の一部として取り込まれているので在りました。

…然るに、『日本書紀』の【日本開闢神話巻頭文】は、聖書の【創世記劈頭文】の焼き直し版で在り、母国語(日本語)に言う【ヒト】の語元(語源では無い)とは、乃ち、【元初…ヤマト言】(大和言葉では無い)の数値言語に言う…《【ヒ(1)…ト(10)】(イギギに関連する自説》…で在りました。

…以上の記事は「2013/01/18」のブログ記事に対し、全体的に、少しずつ加筆し、今日(平成26年・2014/08/06/水曜)の日付に変え、再投稿する事と致します。従って、此のブログの標題も…《「母国語…【ヒト】の語源」に付いて》…と変えております事、宜しく…


…尚、後日、誤字、脱字等の検証を兼ね、少し【追記】するつもりでです…