ナベパパ日記

ナベパパ日記

オナベのパパが、妻と息子と暮らす日々を綴ります。

「ナベパパ日記」におきましては「心臓病の浜崎陽菜ちゃんを救おう!」キャンペーンを勝手に展開させていただいてまいりましたが、募金活動の目標金額に達成されたというご報告を受けまして、終了させていただくことにいたします。

当ブログをきっかけに陽菜ちゃんを応援してくださった方々には、心の底から厚く御礼申し上げます。

また、金額が集まった、移植手術に成功した、と言っても、陽菜ちゃんは小さな体でまだまだ厳しい療養生活を送っています。

ナベパパえるぼんは『願う』『祈る』といったカタチで、今後も浜崎陽菜ちゃんを応援していきます!


「ひなちゃんを救う会」公式URL→http://www.hinachan.jp

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また、例によって映画か2時間ドラマばりの大作を見てしまいました…


日本酒を二つ頼んだら、一升瓶が二本出てきたあたりから記憶に残っている。


僕の右隣にはリアルには知らない後輩男子、向かいには妻、他には、いつもの居酒屋の大将。大将は、なんかちょいワルオヤジみたいな風体で、頭は悪くないのにビッチを装っている中肉中背な中年の女を連れていた。

僕たちは、顔見知りで、仕事をするためのチームでもあって、でも、そのときはとにかくただ酒を飲んでいた。


テーブルの隅に、相席で僕らとは別組の男の二人連れがいた。

話の内容と見た目から、カタギではないことは、なんとなく察しがつく二人だった。

僕の後輩は、仕事だか恋愛だかでチョンボしたらしく、したたかに酔っていて、その二人連れの年上イケメンの方に、酒をこぼしただか足を踏んだだか、とにかく粗相をしてしまった。


年上イケメンは

「おにいちゃん、ちょっと」と後輩男子を部屋の隅に連れて行って、何やらささやいていた。

後輩男子の表情が、みるみるうちに、年上イケメンを崇拝する顔つきになっていき、何某かの言葉で籠絡されたことがわかった。


後輩男子が戻ってきたので、僕たちは店を出ることにした。

日本酒は、二本合わせて三杯分ほど残っていたが、誰もそれ以上飲む気にならず

「残してってもいいだろう」というちょいワル大将の言葉で、残していくことにしたが、やっぱりもったいなくて、帰り支度をしながら僕がいただいてしまった。

「まだ、飲むの!?」と、夢の中でも妻に叱られながら。


ビッチ風な中年女性は、なぜかガーターベルトにヒールだけのほぼ全裸になって歩き始めたが、誰も何の違和感もなかった。


ビルの一階の薄暗い駐車場を抜け、岩場やドブ川沿いの臭い階段なんかを通って、僕は一人で部屋に戻った。


部屋には、仲間が二人。

間取りは1Kで、入り口から細長い廊下の突き当たりに窓がある。

廊下沿いの奥に引戸があり、そこが台所。

引戸の先は右手に広くなっていて、そこにベッドが二つ。


僕は、二人と憎まれ口を叩き合いながら台所に入ると、入り口の外から電話で話している男の声が聞こえてきた。

「だから、俺は今から仕事をしなきゃならないわけ。

123!でこの銃を撃ち込んであいつらを片づけるんだ。

なあに、すぐ済む。

ちょっと待ってな。」

声が途切れた。

仲間と打ち合わせる時間はない。

僕は、台所で息を潜めた。


123!」で来ると思った仲間たちの裏をかかれ、男は「1!」で撃ち込んできた。

 パンパンパンパン!!!という乾いた発砲音が続き、煙が部屋に充満。

血の匂いがして、男が部屋を出ていくのがわかった。


僕は、2回目に備えて台所の引戸を閉めたが、そのとき、寝室との壁部分に大きな鏡があることと、そこに映っている自分の姿に気がついた。

これは入り口からも見えてしまう。

台所に入ってこられたら、僕に逃げ場はない。

しかし、今、引戸を開けたら戻ってくるあいつと鉢合わせになる。

焦った僕の頭の中に、誰かの声がした。


「一か八かのやつは、失敗を認めるのが怖いから手落ちしていそうなところはあえて確認をしたがらなくて後回しにするものだ」

僕は、再びそーっと引戸を開け、窓をめがけて走り出した。


男は戻ってきたが、あえて僕を見ないようにしているかのように、違うところばかり探している。

僕は窓から飛び出すと塀沿いに走り、崖沿いの階段を目指した。

階段の上には門があり、そこさえ抜ければ、森がある。

森の中に逃げ込めば、逃げ切れるチャンスがある。


階段の半ばで振り返ると、窓から男が部屋を出てこっちを見ている。


僕は必死に階段を駆け上がる!

男が追ってくる!

男は、ジブリ映画に出てきそうな小型のバズーカ砲を発射した!

門は目の前!

弾に当たるか、間に合うか!?


僕は、門をめがけて飛んだ




ところで、体がビクン!てなって、目が覚めました。

心臓がキューンと縮まって苦しかったです。


こんなに穏やかな気持ちでいるのは、いったい、どれくらいぶりだろうか。


もしかしたら、生まれてはじめてなのではないだろうか。


憎しみ、哀しみ、怒り、恨み、憤り、寂しさ


かつて、僕を支配し、僕の原動力を支えていた感情たち。

いったい、どこへ行ってしまったのだろうか?



187月。


よく晴れた暑い日だった。

期末試験が終わった翌日。

昼間で、階下から母が「買い物に行ってくる」と声をかけてきた。

財布だけを持って出かけていく母の後ろ姿を見送ってから、

僕は、スポーツバッグに制服と少しの着替えと、ハムスターとカメをつめこんで、実家を飛び出した。


前夜、進路希望調査の紙を前に、両親と話し合いをしていた。

「私は、男として生きていきたい。

このまま大学に行って就職したら、そのチャンスは二度とない気がする。

大学に行かず、男として働けるところを探して働いてみたい。」


そのときの両親の反応は、当時の僕の想定の範囲内で、僕は、家を出ていくことに決めた。



あれから、17年が経った。


母に育ててもらった16年間より、実家を離れて生きた時間が上回ってしまった。


山ほどのできごとを経て、母との養子縁組を解消してからも、2年が経った。



先日。

初めて、両親と食事をした。

父から、誘われた。


緊張しながら、待ち合わせの駅へ向かった。


まるで。


まるで、何もなかったかのように、母との歓談に、花が咲いた。

ほとんど父は置き去りで、

仕事のこと、妻のこと、息子のこと、母も知っている幼なじみたちの近況など、いつまでも尽きない話をたくさんした。



あの頃。

男物の服を買ってきてはたしなめられ、

隠していたトランクスが見つかっては怒られ、

弟の学ランをこっそり着ては怒られ、

母と行く買い物ではスカートやワンピースや厚底サンダルなんかを買い与えられ、

女の子が家に来ると部屋の扉を開けておくように言われたりしていたあの頃。


幼い頃から空気を読むことができず、自分を丸出しにしゃべりすぎては叱られていたあの頃。


僕は、他の誰よりも、ただ、ただ、この人に理解してほしかったんだということ。

叶わぬたびに、勝手にひとりで傷ついて、グレていたんだということ。


そんなことに気がついた帰り道。



帰宅後、心配して待っていた妻が一杯つきあってくれた。

まだ、散らかったままの僕の気持ちに、僕に代わって掃除機をかけるかのように、グラスを重ね、酔っていく妻を見ながら、少しずつ少しずつ、穏やかになっていく自分を感じていた。




数日して、母からきたメールには

「また、おしゃべりしようね」



永きに渡った願いが叶い、

僕の人生は、次のステージに入った。

おとといの晩のこと。

いつものように終電間近の電車から降りて駅を出たら、ふいに風が舞って、濃い緑のにおいがしました。


どこか懐かしいような、何かを思い出させるような、そんなにおいを振りまくだけ振りまいて、その風が去っていった後、しかし僕は、しばらくその場から動くことができずに、突っ立っていました。



『今、生きている。

それ以上に幸せなことが、あるものか。』


突然、そんな声が、頭の中に聞こえました。



昨夜は、中村中のライブ。

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10周年。


デビュー記念日が来月だから。

僕が、ヘドウィグの名古屋公演で初めて中ちゃんを観てからは、もう11年が経ったのですね。


僕が、僕の本当の足で歩き始めてから、11年。


Tシャツやら団扇やら特攻服まで作って北へ南へ追っ掛けていたあの頃のようには、もう、なかなかできないけれど。


僕の原点。


すべての始まり。


暗い暗い水の底で、息が止まるのをただ待つように生きていたあの頃の僕。


あの日、あの手を掴んだことで、僕は水の底から這い上がり、自分の口で呼吸をすることを思い出し、そして、今、ここにいるんだ。って。



しみじみ思い出す、ライブでした。


僕のソウルソングは、『友達の詩』なんだな。


やっぱり。



懐かしい方にもお会いできて。


今年も、ついつい探してしまったあの方は、やはりお会いできなくて。


そして、「あぁ。次の10年が、はじまるんだな。」


そんなことを感じた、有楽町の夜でした。



感謝