働いている。
毎日働いている。
真面目に働いている。
収入もある。
生活もできている。
本来なら、
安心していてもいいはずだ。
しかし現実は違う。
なぜか不安が消えない。
ここに一つの違和感がある。
私は長い間、
この感覚を観察していた。
そして思う。
なぜ私たちは、
これほど働いているのに安心できないのだろう。
ここが重要だ。
例えば収入。
増えれば安心すると思う。
しかし実際は違う。
収入が増える。
生活水準も上がる。
すると今度は、
維持する不安が生まれる。
失ったらどうしよう。
仕事がなくなったらどうしよう。
病気になったらどうしよう。
終わらない。
私は団地を歩きながら考える。
昔の不安は分かりやすかった。
食べられるか。
住めるか。
生きられるか。
しかし現代の不安は違う。
将来。
老後。
AI。
物価。
景気。
社会保障。
目には見えない。
だから終わらない。
面白いことに、
現代社会は働くことを求める。
しかし、
安心は保証しない。
ここが違和感だ。
頑張れば安心できる。
そう思う。
しかし、
もっと頑張る人が現れる。
もっと稼ぐ人が現れる。
もっと成功する人が現れる。
すると安心は遠ざかる。
私は最近、
働くことと安心は別物なのではないかと思うようになった。
働くことで生活は守れる。
しかし、
安心までは作れないことがある。
なぜなら安心とは、
数字ではなく感覚だからだ。
市場から見ると合理的だ。
不安な人は動く。
学ぶ。
買う。
働く。
準備する。
だから社会は、
不安を完全には消さない。
少しだけ残る。
そして人は動き続ける。
少し不思議だ。
昔は、
働けば安心に近づくと思っていた。
今は、
働いても不安が残る。
だからさらに働く。
その繰り返しだ。
私は思う。
安心できないのは、
あなたが怠けているからではない。
努力不足だからでもない。
むしろ、
真面目に働いている人ほど感じやすい違和感かもしれない。
なぜ働いても安心できないのか。
それは収入が足りないからだけではない。
私たちは今、
不安が終わらない社会で生きているからだ。
問題は、
あなたの能力ではない。
問題は、
安心よりも不安が増幅されやすい構造なのかもしれない。
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▼ 静かな生存インフラ通信
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SNS。
承認。
成功。
労働。
AI。
なぜか全部おかしい。
そんな違和感を感じたことはありませんか。
なぜSNSを見るだけで疲れるのか。
なぜ成功しても満たされないのか。
なぜ真面目な人ほど消耗するのか。
私はその違和感を観測し続けています。
ブログでは書けない観測記録は、
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観測者K
なぜか全部おかしい。
その違和感を静かに観測しています。