ここからはレースレポートとして、
伝えたいこと、知ってもらいたいこと、をまっすぐに。
今回の予定していたレース展開は、
スタートから与那の上り始めまではアップ、
与那からマイペースに登りを踏み、
そこから独走。できる限りタイム差をつける。
それが、理想的であり、やりたい勝ち方でした。
その勝ち方をできる パワートレーニング を3週間しっかりと積んできました。
もし、与那からの上りで単独になったとしても、
そのあとの下り、アップダウンで追走集団に追いついてこられる可能性も考えられたので、
その場合は、細かい上り毎にアタックをかけ、単独逃げ切りという作戦でした。
実際のレースはどうなったかというと、
まずスタートしてから即、200mUPの緩やかな上り。
先を考えてもここでアタックはかからないので、
周りの選手のペースに合わせて、
気持ちよく脚の回り具合を確かめながら上ります。
ローテを要求されれば加わり、安全な位置を確保しながら、前の方に位置どりして、
与那の上り口までいい感じでいい感触で行けました。
たとえ、ペースが遅いと感じたとしても、
ここは我慢です。とにかく我慢です。苦手な我慢_φ( ̄ー ̄ )
頑張るところじゃないし、頑張っても意味がないからです。
与那からの上りは350mくらいを一気に上ります。
斜度はそれほどなくタラタラ上る感じです。
入りは、マイペースで、キツくなく、でも踏んでるくらいで。
体重の4倍から6倍ほど 200w超から300w前後 で走ります。
何名かが付いてきたため、先頭交代を要求するも、
反応がないため少しペースを落として下がり、後ろの選手の状況を伺う。
まだ私はペースを1段階あげれたので、
内心どこまでついてくるか不安だったけど、
下りで追いつかれたら追いつかれた時だと開き直って、
上りのピークまで、じわじわあげて自分の普段のいい感じのペースで上る。
すると、予想通り独走で下りに入れた。
社長にも下りでは追いつかれる可能性があるから、
下りに関しては特に指示はなかったので、
下りは確実に脚を回復させるイメージで下る。
レース中は2車線分使えるし、1人で下ってるので、
この私がほぼノーブレーキ。下りがとても楽しく感じられた。
ふくがわダムからの下りで100km男子の集団を抜くこともできたので、
この時に下りでタイム差を縮められることはないと良い自信が持てた。
この辺りでやっと後ろとのタイム差を伝えてくれだした。
基本的終始に1分30秒前後をいったりきたりだった。
私も追走集団も同じペースで進んでる。
遅れた追走集団とのタイム差がほぼ開かない。
なんで?という疑問がよぎる。
最初の登りを 平均250w 5倍 で登っている私にあっさりと大きく遅れた追走の選手たち。
私は 平坦は4倍前後 200w で走り、登りは5倍以上 250w で走っている。
あっさりと最初の登りで遅れた選手たちが、平坦も4倍前後で走り、登りは5倍以上で走ることができるとは思えない。
男子との混走を全くせず、4人だけの力で走っていたなら、差は必ず開く。
逃げてからは、どこまでタイム差を広げられるかとの戦いだった。
後ろに戻るという選択肢は全くなかった。
後半のアップダウンでは下りも踏むくらい風が強く、
平坦は海岸沿いなので風がさらに強く、休む区間は皆無。
タイム差は最後10kmからの羽地ダムの上りに入るまで
相変わらず、1分30秒だった。
私の出力、パワーの低下、スピードの低下は無かった。
しかし、追走集団とは上りきっても、タイム差は変わらず。
あとは、下りとほぼ平坦が7、8kmくらい。
このまま普通に絞り切るイメージで踏めばこのタイム差のままゴールできると簡単に予想できる。
ここから後ろがペースアップしてタイム差を縮めるとしたら、
男子トップ選手並の脚が必要だ。(私のスピード、ワットから考えて)
その頃、後ろでは女子の追走集団を後ろから男子の100km、210kmの先頭集団が飲み込み、混走となってしまった。
私には審判者 並走バイク からの情報がなく、前で逃げているため
男子の集団が女子の追走に合流したことも知らない。
そして、私に男子の210kmが合流してきた際に、
女子の追走集団が男子にくっついてきてすぐそこにいると教えてもらった。
女子レースの審判車は1台のみ。
私にはりついていて追走集団の男子との混走を確認していなかった。
そしていきなりバイクがやってきて告げられたタイム差は30秒。
ありえない。
たった数分で、5kmもない間に。
1分もタイム差が縮まるなんて。
しかも、女子の追走集団が男子を見送ってからはタイム差が30秒をキープしたまま。
私には、審判車べたづきだったので、
誰がどうみても混走してるって言えないくらいのマージンをとって走った。
正々堂々と、逃げ切りで勝ちたかった。
そして、そのまま独走でゴールできた。
欲を言えば、もっとタイム差が欲しかった。
1分30秒から2分、3分とタイム差を広げたかった。
でも、理想的なレースができたと自信をもって言える。
あのコースで4人の追走から70km独走することの難しさはわかってもらえると思う。
今回のレース。
問題は、最後の10kmだ。
毎年、女子と男子、違うカテゴリーが混走になることはしょうがない。
後ろからの集団に飲み込まれることはしょうがない。
でも、その集団にのってドラフティングしてついて行くかどうかの判断は、選手自身の選択だ。
市民の210kmと100kmの集団は混走にならないように、
選手同士で呼びかけていた。
しかし、女子の追走集団はしれっと混走をしていたそうだ。
もしかすると混走をしているという意識すらないのかもしれない。
最後に縮まった私とのタイム差は、そして、最初の登りであっさりと遅れ出したのに、開かないタイム差は、
明らかに4人だけの脚で縮めたものではない。
縮められた、自分のペースが落ちたことの言い訳だろと思う人もいるかもしれない。
そう思うなら思ってくれていい。
でも、追走していた選手自身、私、一緒にレースをしていた男子選手はわかるだろう。
そして、最終的なタイム差は9秒。
死に物狂いでつけたタイム差をあっさりと縮められたこと。
それも日本のトップ選手である彼女達が、しょうがなく混走になってしまい、しょうがなくそのまま走り、その結果タイム差が縮まったことを
しょうがないと思っていること。
「非常に残念。」の一言に尽きる。
もし私に追いついていたら、4人だけの脚で追いつきましたと確信を持って言えるだろうか。
結果は 9秒差 での70km逃げ切り優勝。
私が毎日必死に行っている練習、それを発揮したこのレースでの走りが、
本来つくべき 5分差以上 の圧勝ではなく たったの 9秒差 であった。
選手を批判しているのではない。
自分のレースで発揮したパフォーマンスが正当に評価してもらえないことが悔しいのだ。
しょうがない。で片付けることはお互いにとって簡単だ。
恨まれないし、敵を作らないし、イメージのいい選手でいられる。
このレース中に起こったこと、レースのおかしいところを
発言し、改善することができるのは、
勝った選手であり、勝った選手がしなければならないことだと思う。
この1年でレースで勝つことの影響力の大きさ、
2位じゃなくて1位であることの意味を身をもって実感した。
だからこそ強くそう思う。
もし今回のようなレースで、本来勝てた選手が勝てなかったとなると、
伸びようとする、本気の選手の芽を摘むことになりかねない。
だから、問題と思うことを発言していかなければならない。
だから、大きな覚悟を持って、こういうことを公に表現している。
レース後、上記の内容を JCFコミッセール の方に抗議と改善への提案をさせて頂いた。
すると、しょうがない、仕方ない。
そして、改善の努力は、します。とおっしゃった。
努力ではなくて改善して下さいとお願いすると、
その場合、レースのカテゴリーを減らすことになる。
そうすると真っ先に減らされるカテゴリーは、
女子ですよ。本末転倒でしょ。
と、おっしゃった。
またまた、「非常に残念。」の一言。
選手に強くなってもらおうという気持ちが連盟からは微塵も感じられない。
また、レースで勝っても連盟の方からは今後の活動についても何も聞かれない。
来年は国際レースで走るチャンスをくれるのだろうか?
援助をしてほしいのではない。
ただ、世界で戦うチャンスがほしい。
頂いたチャンスを最高の結果にするため、最高の準備はいつでもしている。
勝つことで行っている練習が間違っていないということを
社長と確認する。
そして、次に向けてまたみんなで進める。
来年は、
アジア選手権、全日本選手権を確実に勝つこと。
世界選を第一集団で完走すること。
それを目標にまた前を向いて進みます。
理不尽なことがあっても、腐らず、まっすぐ、走る。
私を、世界で走らせてください。
與那嶺恵理
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