第2回高松国際ピアノコンクールは、黄砂を舞い散らす春風に、潮風がその力を加勢した突風が肌を刺す天気の中、3月17日から開催されています。

最初は語学ボランティアとして応募した私ですが、結局は、審査員アテンド通訳として、お仕事という形で臨時に雇われた私は、「ボランティアだから」という甘えを捨てる決意で、主催者スタッフの一人として参加しています。

審査員の皆さんは、世界三大ピアニストのウラジーミル・アシュケナージの妹さんの、エレーナ・アシュケナージさんを始めとし、世界的に有名な指揮者のバーンスタインのお抱えピアニストであるクラソフスキー先生や、今年も日本アカデミー賞で最優秀音楽賞を授与された、池辺晋一郎先生など、世界的に著名な音楽家の皆さんですので、失礼のないよう細心の配慮が必要です。

とは言え、プライベートな会話が完全に禁止されている訳でもないので、合間を盗んで会話を楽しむことができることも、この仕事の役得の一つです。休憩時間などやコンクール前後に審査員の方々が見せるユーモラスな一面が、音楽家という遠い存在を、一気に近い存在に感じさせます。もっとも、ピアニストの端くれの私にとっての何よりの役得は、会期中通して、全演奏を抜かさず聴くことができるという事に他なりませんが。

審査員の先生のお世話をさせて頂いていて、最も感銘を受けていることは、先生方がコンクールの時間帯以外には、一生懸命にご自身のピアノの練習時間を確保しようと努めていることです。コンサートが近い先生もいらっしゃいますが、皆さん必死に事務局に対しピアノの使用を依頼しておいでです。事務局の方が、個人的な知り合いでピアノがご自宅にある方に依頼し、ピアノを使わせて頂いているとのことです。事務局の皆さんの人脈には恐れ入るばかりです。

さて、肝心の審査についてですが、私は、岩崎淑審査員長の近くに座り、時間を計測し、もし時間がオーバーすれば、審査員長にお伝えしたり、もし審査中に審査員長から事務局へ伝言が必要になった場合、紙に内容を書いて頂き、外に出やすい他のスタッフに回し、伝えて貰うという重要な役割もしています。

しかし、二次審査では、制限時間の40分を超える候補者が続出しましたが、審査員長の判断で、2,3分のオーバーであれば、許容範囲として大目に見ることになり、全部で50分以上にもなりそうな曲目を選んでいた5番のルカ・トラブッコさんのみ、「クープランの墓」という、これだけでも全部演奏すると50分はかかるという曲の途中で、審査員長がベルを鳴らし、「ショパンを弾きなさい」と指示しました。それでも、彼は選考から漏れた訳ではなく、きちんと審査の対象となっていました。それでも、時間オーバーの為に高評価は得られなかったようです。個人的にルカさんのロマン派の演奏が好きだった私も残念でした。

出場者の中には、40分制限を厳守するために、演奏曲を絞らざるを得なかった方もいらっしゃるので、時間オーバーについては、厳しく対応してほしいという要望を、審査員長には出したのですが、審査員長は、せっかくの演奏を、最後の2、3分で止めるのに忍びないというご判断でした。他のスタッフの皆さんも、本音を言えば演奏は最後まで聞きたいので、非常に難しい問題でした。

そもそも、制限時間は、サンポートホールとのホールの使用時間の契約がオーバーすることを防止するための対応策ですので、審査そのものとは関係が薄いのですが、サンポートホールと事務局との信頼関係に傷がつくと、後々のコンクールの存続にも影響しかねないのが、気がかりだということでした。

二次審査の一日目は、契約時間がぎりぎりのスケジュールでしたので、演奏時間がずれた結果、審査員の先生をかなり急がせなければいけなかった事も、大変な仕事でした。

なにはともあれ、色々なトラブルはあったものの、明日の本選と明後日の表彰式を待つのみとなりました。

これまでの審査の間に、私は、なるべく、各演奏者に対してコメントをメモしていました。睡魔に襲われていた演奏の間には、名前しか書けていませんが(ごめんなさい)、ここで紹介したいと思います。(☆はその審査の通過者を表します。)


3月17日~19日 一次審査

(1)ジェセフィーン・シェイ
バルザーニ先生が絶賛 'Not dry, very good.'

(2)ドミトリー・ミーチャン
穏やかな演奏、キレが良い

(3)玉木佐知
一つ一つの音がはっきりしている。(若干ベース音が弱いか?)
高音が良く響く

(4)近藤由貴☆
バランスが良い。プロコフィエフのテクニック

(5)ルカ・トラブッコ☆
和音が綺麗。表情豊かなベートーベン。高音が滑らかで優しい。表現力あふれるドビュッシー。

(6)山田翔
激しいショパン練習曲。時々途切れたか? 強い高音。主旋が時々埋もれたか?

(7)イリーナ・ザレンコバ☆
正確なバッハ。途切れがない。完璧すぎて眠くなる。安心して聴ける。パワフルな演奏。

(8)花田えり佳☆
卒がない。繊細。絶え間ないテクニック

(9)泉 麻衣子
低音の主旋律が若干弱いか? 平均的にまとまっている。抑揚が少ないか?

(10)スザンナ・カジョヤン☆
重厚で優しい。抑揚がある。左右の連携が良い。滑らかなアルペジオ。速い。低音と高音のバランスが良いプロコフィエフ。

(11)香川愛
情熱的なベートーベン「熱情」。繊細なショパン練習曲(「のだめ」のファンかと思わせる選曲)

(12)アリーナ・キリャエバ
個性的なバッハ(連符が速く最後の長音が長い)。ワルトシュタイン、左右が少しずれたか?
軽やかな「ラ・カンパネラ」

(13)マクシム・クラブホフ☆
はっきりとした旋律のバッハ。穏やかな演奏。静と動のめりはりのある「ラ・カンパネラ」


(14)クオン・ヘジョ
安定感のある演奏(演奏時間が一番短かった候補者)

(15)イ・ジンヒョン☆
低音の響きが良い。力強く優しい。気高い激しさの「熱情」。

(16)リー・シン
安定している。主旋律がはっきりしている。ゆっくり目の演奏。全体に均一な音調。リストの難曲を弾きこなす。多少粗いが挑戦的で若々しい。

(17)ナタリア・パシチニク☆
優美なバッハ。鋭い和音。力強さを秘めた細い音。腕の筋肉が美しい。濁りの無い音の連続。主旋律を的確にとらえている。芸術的。ピアニッシモとフォルテッシモの間が大きい。

(18)イナラ・ピクサ
柔らかい音。丁寧で正確だが力強いラフマニノフ。

(19)マリアンナ・プリヴァルスカヤ☆
湖底から聞こえてくる音色のよう。

(20)ユエ・チー
卓越したショパンのエチュード。オーソドックスなワルトシュタイン。

(21)マハニ・ティーブ☆
情熱的なバッハ。星屑のような音色のエチュード。

(22)富田珠里

(23)ダニイル・ツベトコフ☆
リズム感。プロコフィエフの天才。

(24)アンドレイ・ツィギチコ☆
速い!!バッハ。異色のモーツァルト。スタンドアップ・プレイに審査員反応。

(25)ゲオルギー・ボイロチニコフ☆

(26)若井亜妃子
テンポが少し狂ったモーツァルト
「パガニーニ」 高音が甘いが、バネが強い演奏。主旋律が埋もれがち。

(27)渡辺仁美☆
情緒あふれるバッハ。朝日のような音色。
流れるような「3度音程」(少し右が速いか?)
左が少し弱い(結果、全体として弱い)
優しいベートーベン

(28)アレクサンドル・ヤコブレフ☆
低音と高音の連携が良いバッハ。
ハイドンの真の型を表現している。
卓越したリストの「鬼火」

(29)山下賢裕
雄大さを感じさせるバッハ。
ドラマの中間挿入曲のようにドラマティックな技
(途中でスピードが速まってしまう)

(30)ジュ・インチ
迫力の「木枯らし」

(31)ジュン・アサイ☆
リズミカルな「ラ・カンパネラ」。
音の独立が上手い。

(32)チェ・ヨンイム☆
弾むベートーベン。猫がベートーベンを弾くよう。
「ラ・カンパネラ」は奏風に合う。

(33)リー・ユンヤン☆
速いバッハ。小気味良い。明るく朗らか。

(34)石村純☆
ファッチオリの澄んだ和音

(35)大石啓
(後で本人と会話できましたが、ファッチオリは3階で聴くと反響が悪く、個々の音が聞こえにくいことに気付き、ピアノ選択を間違えたとおっしゃっていました。)

今回国内のコンクールでは初めて、導入されたファッチオリでしたが、4本のペダル付きという最高級品だったということです。しかし、石村さんと大石さんはお二人とも、3本のペダルを希望したとのことです。石村さんは、ピアノ選択の時、4本のペダルが何かもご存知ではなかったと、大石さんがおっしゃっていました。
このファッチオリの4本目のペダルは、究極の弱音ペダルであり、音色を変えずに音を弱くできる、というものだそうですが、実際に大石さんが使ってみたところ、音がくぐもってしまうので、外してもらったとのことでした。幻の名器は、使いこなすのも職人技が必要、ということでしょうか。事務局も、かなりのお金をかけて借りているはずです。石村さんが本選に進むことができたので、ファッチオリの面目躍如といったところでしょうか。


3月21日、22日 第二次審査

(4)近藤由貴
高音の優しい響きと和音の正確さ

(5)ルカ・トラブッコ
一音一音に思いを込めた音階と旋律
自由な右手を支える左手
安定したピアニッシモ。強弱の付け方がうまい

(7)イリーナ・ザハレンコバ
滑らかでハープのようなアルペジオ
ペダル使いがとてもうまく、途切れがない。

(8)花田えり佳
無駄のない腕や手の使い方

(10)スザンナ・カジョヤン

(13)マクシム・クラブホフ
雰囲気たっぷりのセレナード
ブラームスやフォーレの切なさを表す演奏と、ベートーベンのソナタの躍動感が対照的

(15)イ・ジンヒョン☆
ベートーベン「熱情」は審査員が回りを見渡す程の出来栄え。
思い切りのよいキータッチ。
激しいが濁りのな和音の連続。

(16)ナタリア・パシチニク
緩やかな駆け出しかたスピーディに発展する変化の楽しいベートーベンのソナタ。
ロマン派の真骨頂のショパンのバラード

(19)マリアンナ・プリヴァルスカヤ☆

(21)マハニ・テアベ

(22)富田珠里

(23)ダニイル・ツベトコフ
異世界に観客を引き込んでいく演奏

(24)アンドリィ・ツィギチコ
モーツァルトは超一流の演奏!
音の響き方の美しさが比類ない。

(25)ゲオルギー・ボイロチニコフ☆
冥界の音楽のような演奏

(27)渡辺仁美
朗らかで明るい演奏。光を音で表現しているよう。

(28)アレクサンドル・ヤコブレフ☆
あり得なく速いハイドンのソナタ。

(31)ジュン・アサイ
ショパンの「葬送」に思わず涙が出ました。

(32)チェ・ヨンイム

(33)リー・ユンヤン☆
メフィスト・ワルツに審査員がのっていたのを眺めながら、私ものってしまいました。

(34)石村純☆


3月24日 三次審査

(7)イリーナ・ザハレンコバ
栗林
和の情緒を理解した解釈。
静けさの中の緊張感(ししおどしのよう)。瞬間的な音の躍動。
深みのある重低音。「ラスト・サムライ」的。

気丈な女性らしいモーツァルト

(8)花田えり佳
栗林
千代紙のような演奏。かわいらしい。(少し抑揚が弱いか?)

モーツァルト
オーケストラと息が合っている。オケを良く聞いている。

(15)イ・ジンヒョン
栗林
大陸的な解釈。広がりがある。
空間的な壮大さがある。

モーツァルト
主旋律の美しさが良いが、出だしが少し速い気がする。

(19)マリアンナ・プリヴァルスカヤ☆
栗林
イリーナさんと似た解釈。さらに強い個性。
スペイン風。陰陽の対比が大きい。
ジャポニズムの印象派。

モーツァルト
スピーディな演奏(オケより進みがち)
(途中から良い感じでそろい始めた)
第2楽章では奏法が変わり、丸い音で穏やかな演奏。伸びが良い。
飽きさせない変化。緩から急へ再び。

(22)富田珠里
栗林
花田さんと似た解釈。少し内気気味か。

モーツァルト
柔らかな音色。滑らかな旋律。優しさ溢れる奏法。第3楽章は切れの良いはずみのある演奏。

(23)ダニイル・ツベトコフ☆
栗林
スローテンポ。深みがある重低音。
高音は長めの音の響きがある。全体として重い感じ。

モーツァルト
(コメント無し)

(25)ゲオルギー・ボイロチニコフ☆
栗林
武士が栗林公園で休息を取っているような演奏(例えば武蔵と小次郎が…)。
剣を抜くような音色。居合いをピアノでしているよう。

モーツァルト
繊細な旋律。か弱さの中に強さを隠している。

(28)アレクサンドル・ヤコブレフ☆
栗林
速い! 小鳥が一瞬で飛び去っていくよう。
荘厳さの中に急速な時代の変化を描く。
卓越した表現力。

モーツァルト
格調の高い音色。

(33)リー・ユンヤン☆
栗林
多くの音が重なり合い、複雑な余韻を残す。
迫力満点の演奏。

モーツァルト
流麗な演奏。

(34)石村純☆
栗林
丸みを帯びた音色の連続。力強い強さ。源氏物語絵巻のよう。
安定している。

モーツァルト
(コメント無し)


以上が、これまでの私自身の感想です。
概ね、審査員の皆さんと、良いと思う人が同じなのですが、ルカさんや、ナタリアさんなど、私のお気に入りのロマン派の候補者が次々と敗退し、情緒や感受性などは二の次にして、鬼のようなテクニックの保持者が、残っていくのを見ると、少しさびしい気がします。その点、石村さんはテクニックと情緒のバランスがとても良いので、日本人としても、私が個人的に特に応援したい人です。その次に応援したいのは、アジアの星のリーさんです。彼は一次審査の時から、前回の入賞者のフーさんを思い起こさせる演奏で、憩いの時を与えてくれます。マリアンナさんのフラメンコのような情熱的な演奏と、ロシア団子三兄弟の対決が、本選でどのようになるか。明日への期待感が、今ピークに達しています。