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「りんどうの花」

私が小学生の頃の話だ。
私は東京都でも有名な私立のカトリック系の学校に通っていた。
校長先生はシスターだったし、毎日おいのりをした。学校帰りに買い食いをしよう、なんてチラリとも思わないほどの優秀ないい子だったと思う、というより、そんな子に囲まれていたから、自分もそうだった。

私がたまたま生まれ落ちたのはそこそこ良い家庭で、わりとお金もあった。都内のマンションに住んでいて、うちを出るとスーパーや洋服屋、食べ物屋までなんでもあった。

6月ごろだったように思う。ある朝いつものように起こされた。その日は息苦しく曇っていて、いまにも雨が降り出しそうだった。いっそ、雨が降ってくれれば、肌に落ちた雨が全身の毛穴に酸素を送って、息苦しさもなくなろう、なんて思う。そんな日だった。

あ、花がない。
その時私は急に思い出した。
小学5年生から始まった「情報」の授業では毎回パソコンを教えてもらっていた。エクセルとかワードの使い方を、クラス全員で並んでパソコン室まで移動して全員1人一つのパソコンに向かい合い、覚えた。
ちょうど一週間前に言われていた、「来週はパソコン上で水彩画を描くので、花を持ってきてください。」
という先生の言葉を思い出した。そうだ、今日だった。

こりゃ大変なことになった。と私は思った。私も母も、学校を恐れていた訳ではないが、なるべく悪さになることはしたくなかった。だから母と2人でいても寄り道はしなかったし、最寄り駅で自販機を利用することすらしなかった。
なんとしてでも花を手に入れなくては。

母親にそのことを告げると、鼻をふくらませて探してくると言い放ち外へ出かけて行った。
うちの近くには心当たりのある2軒の花屋があった。少し遠くまでいけば3軒。母は花屋に向かったのだろう。
ぼんやり真っ白の空を見つめていた。

30分ほど経って母が帰ってきた。どんな花だったか忘れたが、あじさいか何かだったように思う。
「お花、見つけたよ」
むき出しの花を見て、花屋で買った様にはとても見えなかったので
「これ、どうしたの?」
そう聞くと、
「お花屋さん、探したんだけど空いてなかった。それで、誰かのうちの庭から街路樹にはみ出たこの花を、コンビニでハサミを買って、切ってきたんだ。本当、神様ごめんなさい。って思いながら。」
そう言って 花を 新聞紙でくるみ、持たせてくれた。

ランドセルを背負い、花を右手に持ちマンションを出る。
花を握り直す度に、息苦しさは増した。

学校は電車を3本乗り継いだところにある。小学校にしては遠いのだろう。いつも1本目の乗り換えで、あさちゃんと待ち合わせる。あさちゃんは幼稚園の頃からの友達で、とても裕福な家の子だ。
あさちゃんは1階が全て玄関という、とんでもないつくりの家に住んでいる。玄関がうちの玄関10個分くらいあるので、クリスマスになればそこにとても大きなツリーが飾られるし、前に行った時は観葉植物が飾られていた。

その日あさちゃんは紫色の花を持っていた。
「おはよう。」
「おはよう。」
紫色の花は、玄関に数え切れないほどたくさん飾られていたなかの何本かだという。
私が、母親が花をどこかの家からくすねてきたことを告げると、あさちゃんは紫色の花を1本くれた。

私は紫色の花を左手に、母親がもたせた花を右手に持ち学校へ向かった。

「皆さん、花は持ってきましたか。それでは早速描いていきましょう。」

「はーい」と言いながら私が見つめる花は紫色の花だった。

紫色の花の名前がわからず、図鑑でみて1番似ていた「りんどう」の花だということにして絵を仕上げて提出した。

パソコン上で描いた「りんどう」の花。紫はほんものより少し淡く、わざとらしく水彩画のようなにじみの効果がかけられていた。

教室に置き去りにされたあじさいの花を見ると息苦しさは増した。息苦しさに引っ張られるかように、花を学校で捨てた。

その年の11月ごろ。冬にしては太陽が暖かい日。私の「りんどう」の絵はクラスの中の何人かに選ばれて、授業参観の日に廊下に掲示された。
母親は「りんどう」を見て嬉しそうに言った。

「えりちゃんの絵、選ばれてたね。よかったよ。」

母親の後ろから一気に白い雲で覆われるよう。
あの日、花を捨てた瞬間から息苦しさは取れない。

雲が太陽を隠して、また、梅雨のはじまり。