アスキーの対談記事の中で、池内ひろ美さんが、
「自分探し」は、お薦めしたくないと言う文脈で、
語っていました。


曰く

「いまの私は本当の私じゃない」って。
彼女たちにとって、本当の私はもっとすばらしいはず
という前提で言っているわけですよね。
だけど実際に見つけてみたらすごくつまらなかったら
どうするのって思う。」



まったくその通りだと思います。
「本当の私」を「理想と現実」のギャップという意味で
使っている限りにおいて、その人に未来は無いと思う。


ただね、



ただしですね。



誰にでも、「自分」と「自分」のギャップは存在していて、

それは、たとえば、川の中を歩くときに、
流れに足を取られて、思うように歩けないような、
微かな違和感のような形で現れたりもするわけです。



違和感。



僕の場合は、たとえば煙草でした。
一時期、一日3箱吸いながら、そのことに、ずっと違和感を感じていました。

「本当の私は、煙草を一日に3箱も吸うはずが無い」

その違和感に耳を傾け、自分探しを始めたのです。
いえいえ、そんな大げさなものではなく、「煙草を吸わない自分」を探し求めたのです。
そうやって、おかげさまで、禁煙できました。



あるはずの無い理想を追い求めるのはナンセンスですが、
自分の中に違和感があったら、その先に「本当の自分」がいる
と考えてみるのも、いいかもしれません。