今日はシンプルに。











めずらしく大雨のロサンゼルス。

雨音が落ち着きます♪

素敵な1週間をshell

中年オヤジの欲求不満、というテーマの他に


『アメリカンビューティー』にはもう一つ、重要なテーマがある。




主人公のレスター・バーナムは、人生の輝きを取り戻すべく突き進んだ結果、


ある真実に辿り着く。


それを悟った直後、殺されてしまうのはなんとも皮肉だが


死んでしまったからこそ、その真実は永遠であるということを


この作品は語っているのかもしれない。


その証拠に、映画の最初と最後が、死後のレスターのモノローグで綴じられている。




では、その真実とは何か。


それが、『アメリカンビューティー』のもう一つのテーマだ。





人間の欲求は、留まるところを知らない。


ある願いが満たされれば次、またその次へと、際限なく続いていくもの。


私達はいつ満足できるのか。


それは、私達が自身の人生をどう見つめられるかによる、


とこの映画は語っている。




レスターは、家族、家、そして仕事、すべての物を手に入れているのに


自分の人生を憂いている。


いや、レスターだけじゃない。


この映画の登場人物すべてが、自分の現状に不満を抱いているのだ。


「さらに何か」を求め、本当の幸せを逃している。




レスターにとっての「幸せ」はアンジェラと結ばれることだったが、


本当はそうじゃなかった。


その願いが叶いそうになった瞬間、彼は真実に直面する。


「自分はもう十分に幸せである」





愛する家族、立派な家、


いや、生きている、それだけで自分はもう十分に幸せなのだ。


そのことに気付いたら、世界は変わる。


飽くなき欲求から解放され、人生は輝きを取り戻す。


向上心を捨てろといってるんじゃない。


ただ、自分の人生にもう一度立ち返ってみよう。


自分は本当に不幸なのか。絶対にそんなことはない。


そのことを『アメリカンビューティー』は伝えているのだ。





考え方がすべて。


この言葉はよく耳にするけど、最近身をもって感じている。


考え方がその人を作り、人生を作る。


考え方が変われば人は変わるし、その人の人生も考え方によって決まる。




自分の人生に不満を抱いて日々を過ごすのか。


生きているだけで十分に幸せだと感じるのか。


たくさんの物や価値観が溢れる世の中で


現状に満足するのは難しいかもしれないが


一度しかない人生、幸せに過ごしたい。


その秘訣みたいなものが


『アメリカンビューティー』には込められていると思うのだ。






いや~、映画って深いなぁ。


こういう意味あるメッセージを含んだ映画を作ってみたいものです。


その為にはアウトプットしなきゃ。


才能がなくても文章が下手でも、


ていうかその分やらなきゃ。


あ~先は長いぞ~!!





久々に映画の感想です。


昨日、何年ぶりかに金曜ロードショーの定番である『Shall We ダンス?』を観た。



いや~、役所広司いい味出してますね。


真面目で口数少ない、昭和のオヤジの典型的な役柄。
(注:映画が公開されたのは平成初期だけども)


結婚し子供も生まれ、マイホームを手に入れた途端、人生の目標を無くし

なんだか味気ない毎日を送っていた主人公、杉山。


そんな彼の日常に突如現れた物憂げな美女、舞。


彼女と踊るために始めた社交ダンスだったが、いつの間にかダンスそのものにハマりこむ杉山。


そんな彼との交流を通じて、舞にも変化が現れる。

という皆様ご存じのストーリー。


コミカルで個性的なキャラクターと

それらの感情の流れをうまく織り込んだ

なんともニクイ映画です。



一方で


アメリカンビューティーでは、ケビン・スペイシー演じるレスターが

平凡で刺激のない毎日にうんざりしている。


妻や娘ともうまくいかず、「何かを無くした」と嘆くレスター。

そんな彼の前に、娘の親友(?)である美少女、アンジェラが現れる。

アンジェラに一目惚れするレスター。

彼女とセックスする為に、人生の活力を取り戻していく。

というストーリー。



あらすじを見てもなんだか似てますよね?




なぜなら、描かれてるテーマはほぼ同じだから。


ストーリーも題材も描かれ方も全然違うけど、共通するものは


日本とアメリカの中年オヤジの欲求不満。


ここでいう欲求不満とは性的なものではなく、


人生に対するモヤモヤだ。


何かが足りない。どこかで冷めてる自分がいる。


そんな不完全燃焼な状態。


それが、杉山とレスターの共通項だ。





最近、日本の高度経済成長期のことを学んだ。


戦後約30年足らずで、日本は劇的な変化を遂げ


先進国の仲間入りをした。


その間、日本人はあくせく働き、自分達の生活がどんどん改善されていくことに


日々喜びを感じていた、そんな時代だった。


それが、一度ある程度の生活水準に達すると


飽和状態というか、今ある幸せに対し何も感じなくなってしまう。


そんな日本の時代的背景が杉山と重なった。




実際、映画が公開されたのは1996年で、バブルも崩壊し


高度経済成長期からはだいぶ経っているけども


杉山の姿は、日本を、その時代の日本人男性を象徴していると思う。


「社交ダンス」という新たな情熱の対象を見つけられた杉山を


うらやましく思ったオヤジもその当時たくさんいたことだろう。




加えて、劇中に登場する初期のコンピューター。


ちょうどこの頃、コンピューターが家庭に普及され始めた。


日本の時代の移り変わりを表現すると共に


杉山の家庭が申し分ない状態であることも示している。


しかし、杉山には何かが足りなかった。


生活を豊かにする為に、家族を食わせる為に、という責任感から解放された時、


彼は自分自身の人生を見つめ始めた。


それが、1990年代の日本、そして日本人男性の姿だったと思う。





それに対し、アメリカンビューティーは


アメリカらしく(?)刺激的な描写も多い。


『Shall We ダンス?』で見るような、好意はあるけどそれでどうこうする訳じゃない


もどかしくも慎ましい恋愛感情とはまるでかけ離れている。


でも、レスターの暴れっぷりというかバカっぷりは


爽快で気持ちがいい。


つれない中年オヤジが女子高生とのセックス目当てに若返っていく過程を見るのは


滑稽だけど新鮮だ。


理由は何であれ、彼も人生における情熱をもう一度見つけたのだ。





勉強不足ながら、アメリカンビューティーが作られた前後のアメリカの時代的背景は分からないが


二人の「オヤジ」に見る欲求不満は


すべての恵まれた国の中年男性に共通するものではないだろうか。


がむしゃらに働き、ある程度の地位と生活を手に入れた時、ふと思う。


自分自身の人生は?




それを模索する為に


杉山は社交ダンスに打ち込み


レスターは女子高生とのセックスを夢見た。


そんなすべてのオヤジに共通する思いを描いたのが


二つの素晴らしい映画なのだ。






そう思って、『Shall We ダンス?』と『アメリカンビューティー』を見比べてみると面白い。


どちらも私の大好きな映画だ。


イコール、私は欲求不満のオヤジが好きなのか?




・・・ということには多分ならない。笑






ご拝読、ありがとうございました!