※たまたま閲覧した方は、重たい内容でごめんなさい
2025年12月
寒くて冷たい雨降る夜に
大好きな母が、亡くなった
癌で闘病し2年7ヶ月
書ききれないほど色々な出来事があり
ものすごく濃い時間だった
振り返ると
この1年半のあいだで
最愛の娘が産まれ
最愛の母が亡くなった
たいせつな2人から
文字通り、命の尊さを教えてもらった
ーーー母の死は、わりと急だった
余命宣告をしない方針の主治医で
(さいごまで、生きることを諦めないようにと)
母はいつも「まだまだ頑張るから」と
だから私も「まだまだ一緒にいようね」と
せめてもう少し、段階を踏んで
お別れになると思っていた
(緩和ケア病棟に入り、家族で面会の時間がとれたり)
2日前に家に行った時、確かに弱ってはいた
それでも限界まで、誰の手も借りずに
自分でタクシーを呼んで入院し
その翌日の出来事だった
私は、病院から呼び出されたわけじゃなく
約束をして、面会に行くと
息苦しさがどんどん増していき
それから1時間半
私の手を握り、息を引き取った
あまりに急速で、兄は、間に合わなかった
苦しむ姿は、娘の私だけに。
きっと、それが良かったんだと思う
全力で生ききって、使い果たした母の姿は
切なく、愛おしかった
廊下に響くくらい、大きな声で泣いて
「ママ、大好きだよ」
「がんばったね、つらかったね」
「産んでくれてありがとう」
「いつも味方でいてくれてありがとう」
「がんばるからね、ちゃんと見ててね」
ーーーーふと見ると。
さっきまで使ってたスマホ
さっきまで飲んでた水筒
履いてきた靴
着てきた服
浮腫んで履ける服がないと言ってたから
マタニティ用のズボンを持ってきたのに
頼まれていた
ぬれせんべい、ミルク飴、ダースチョコ
まだ渡せてないのに
残されたモノたちと
泣き腫らしたボロボロの自分
あの日のことは、一生忘れない
ーーーー「やりたいことは全部やった。
後悔なんてない。」
母が、癌の仲間に残した言葉。
何事もテキパキと、後回しにせずにこなす母
治療こそ諦めなかったけど
それでも、死を覚悟していたんだと思う
母の家はいつもピカピカで
物は増えるから要らないと
洋服や食器など、最低限のもので生活していた
ノートには、わかりやすく書かれていて
誰に連絡してほしいとか
棺にこれを入れてほしいとか
仏壇や、お金の手続き、家の片付けのこと
そして兄と私に向けて、
感謝の言葉が残されていた
いなくなった後のことを考えるなんて
つらかっただろうな
と、胸が苦しくなった
頑張り屋で、仕事熱心
周りばかりを気遣い
強くて優しく、愛情深い
そんな母の娘でいることを誇りに思う
今日はこんなことがあった!
ママならなんて言うかなー?
きっとこう言うだろうなー
なんて、節々で母を想うけど
そうやって「ねぇ聞いてよー」と
心の中で会話をしながら
私もひとりの母親として
健康であり続けなきゃいけないし
子ども達にたくましい姿を見せていきたい
ーーーー安らかで、幸せそうに眠る顔
「えーりーちゃん♡今日もかわいいね」と
会うたびに、褒めてくれる時の、優しい顔
孫に会えた時の、はじける笑顔
大好きだったな
楽しかったな
さみしいな
きっとまた
いつか、会える日まで!
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カバー写真は、結婚式に母から添えられた手紙💌