テレビ中継で映し出される南阿蘇の変わり果てた悲惨な現場、益城の町全体が壊滅的な被害を被った現状、またそれは現在進行形な事
一方、避難所で振舞われるあたたかいラーメンや自衛隊の炊き出しで配られるおにぎり
避難所でのインタビューでなにが今足りないのか、必要なのかを問われるシーン
どれも実家近くで起こってることのはずなのに
まるで自分達は被災者じゃないと思っている両親、妹
たしかにどちらの家も今の所無事だし電気も通っていれば、水も復旧しつつある
けれど、物が品薄で手に入りにくい
その状態がいつまで続くのか分からない不安は同じ様に味わっていると思う
スマホなどで検索すると避難所に指定されている中に実家ちかくの小学校も入っている、けれど地震後一度も物資が配られる事なく、今後もその予定はないという
妹夫婦が避難している中学校も地震後配られたものが水ペット、α米の五目ご飯。
初めて配られたパンにいたっては数が足りずもらえない始末
地震発生直後、数日間は辛抱が必要と聞いてはいたけど
ニュースで県庁に届けられている全国からの沢山の物資が映し出され、それらは各避難所にどれだけの避難者がいるか把握できてないのと仕分けをする人員が足りないのとで流れが滞ってるのが現状なのを見てしまうとじっとしていられない気持ちになる
これを取り仕切ってるのは絶対コマンダーなきお役所気質の男衆だと思った(独断と偏見 笑)
この状況下でキチンと平等にまんべんなくなんて出来っこない気がする
ある程度のどんぶり勘定も必要ではないんだろうか
何も貰えなくても、その平等の中にさえ自分達は入ってないと
うちの両親も妹夫婦も疑問にも思ってない風で、胸が痛くなる
また今回自分が被災したわけではないけれど、実家がそうなった事に対して、沢山の方から心配のメール、電話をいただいた
人に思ってもらう事がこんなにも心強く支えになるのかと身に沁みた反面
ずいぶん連絡をとってなかったラインのグループから色んな事を聞かれて差し障りのない現在の状況とお礼を打った後、その中の一人がグループとは別にまた個人的に色々質問してきた、個人的に聞いてくれたのだからと具体的に説明した後
「なんとか乗り切っていただいきたいと願うばっかりだなぁ、じゃあまたね」
と、あっさり
こんな言い方をしたら本当に申し訳ないけど、ネタ集めか!と憤りを感じた
別に当事者じゃないので親身になれったってなれないと思う、事実自分だってどれだけ親身になれてるか分からないし
でもそうだとしたら中途半端に物凄く心配してる風に聞いてこないで欲しかった
まず人さまを信条にしてると錯覚してるグループなだけに普段から引いてたし、触れてみてやっぱり少しだけ傷ついた
地震は依然余震が続いていて日中片付けで家にいる妹夫婦も夜は軽自動車で寝る生活を続けている
新築したばかりの家に亀裂が入り避難所で生活を続けている友人は夜になると先の見えない不安に負けそうになると言っていた
幸い、震源地に近いにもかかわらず
地震直後から家も電気も水も大丈夫だった幼なじみはその事がかえって申し訳なく、すぐ近くにある避難所にも足を運べずにいるという
離れていて思うように力になれない中にも沢山の人の力と知恵を借りて出来る事はきっとあるはず
そう思えるようになったのも寄り添ってくれる仲間の存在が本当に大きい
始まったものは必ず終わりがくると信じて
出来る事を頑張り続けようと思う


