昨日の夕方に帰国しました
着いてビックリ、吹雪いてました…

韓国より寒かったのには驚きました笑
仁川国際空港ゲート前にて記念撮影

帰りの1時間半のフライトは爆睡だったオリーブ
行きは起きていましたがご機嫌さんで…
行きも帰りも泣き騒ぐことなく、優秀君でパパ・ママも助かりました

もぅ、これで自信の着いた私達。
どこへでも行けそうです
なんて。
行きはおむつ替えやにしか使わなかったバシネット、帰りは大活躍でした
途中あれ?お目覚めですか
?

と、目を開けたりしましたが…
私達の顔をチラリと確認すると

またスヤスヤ眠ってしまいました
何気に久しぶりの顔出しです^^

こんだけ気持ち良さそうに寝てくれたので、
オリーブの航空券代を払った価値を大いに感じる事が出来ました

2ヶ月の赤ちゃんを連れて5泊6日の海外旅行。私には韓国が海外だとは思えませんが^^;
早くお義母様に生のオリーブを抱かせてあげたかった反面、オリーブの体調大丈夫かな?と行く前は大きな不安もありました。
今回の旅はオリーブの体調等を考慮するためいつもの倍以上お金も使いましたが、こうして体調の変化もなく今日も朝を元気に迎えてくれたオリーブを見て本当に安心しています

パパは、いつも以上にオリーブの面倒を見てくれ、私には何か手伝うことない?何でも言ってね!とどんな時でも声を掛けてくれることに癒やされました
帰り際には、
お母さんとバイバイす時は淋しかったけど、りんぎちゃんがいるから淋しさは半分に減るし、オリーブもいるから3分の1になるね。 りんぎちゃん、心配もいっぱいあったのに韓国着いてきてくれて本当に有難う。と言ってくれました
なんか、言葉では言い表せないけれど、
家族の絆が更に強くなれた気がします

画像は、フライト前、フードコートにて。
絆と言えば…
今日で震災から4年ですね。
4年前、大学院生だったグナは仙台に住んでいました。
震災時、当時結婚式の司会をしていた私は静岡で新郎新婦との打ち合わせ中でした。
静岡も長い横揺れを感じ、急いでテレビを付けてもらうと津波にのみ込まれている悲惨な光景…
仙台市のある宮城県が震源地だと聞き、急いで彼に連絡するも繋がらす、震えが止まりませんでした。
その後、仕事中だった私は、妹コウちゃんに協力してもらい、彼に電話をかけ続けてもらい、安否を確認する事が出来ました。
研究室にいた彼は、物凄い音と共にロッカー等も倒れてきて恐ろしかったと言います。
避難所で1日生活し、家に帰るもガスや電気など使えず…ホッカイロで寒さを凌いだそうです。
私の両親が彼を心配し、家に来る様に言ってくれ、震災から3日後から1ヶ月間私の実家で生活しました。
あの日々から4年。
あの時彼と連絡がとれないままだったら…
その時の不安な気持ちは今でも忘れることはありません。
大事な大事なご家族を亡くされた方々。
未だ発見されないご遺体も沢山あります。
不自由な生活を送っている方も沢山います。
今一度、元気な私たちに出来ることはなんなのか?考え行動してみたいと思います。
私は既にやりましたが、yahoo!での「3.11」の検索は10円の寄付に繋がるそうです
どうか一円でも多くの寄付金と、思いが被災地の方にしっかり届きます様に。
明日からも、当たり前ではない毎日を大事に生きていきたいと思います。

着いてビックリ、吹雪いてました…


韓国より寒かったのには驚きました笑
仁川国際空港ゲート前にて記念撮影


帰りの1時間半のフライトは爆睡だったオリーブ

行きは起きていましたがご機嫌さんで…

行きも帰りも泣き騒ぐことなく、優秀君でパパ・ママも助かりました


もぅ、これで自信の着いた私達。
どこへでも行けそうです
なんて。行きはおむつ替えやにしか使わなかったバシネット、帰りは大活躍でした

途中あれ?お目覚めですか
?
と、目を開けたりしましたが…
私達の顔をチラリと確認すると

またスヤスヤ眠ってしまいました

何気に久しぶりの顔出しです^^

こんだけ気持ち良さそうに寝てくれたので、
オリーブの航空券代を払った価値を大いに感じる事が出来ました


2ヶ月の赤ちゃんを連れて5泊6日の海外旅行。私には韓国が海外だとは思えませんが^^;
早くお義母様に生のオリーブを抱かせてあげたかった反面、オリーブの体調大丈夫かな?と行く前は大きな不安もありました。
今回の旅はオリーブの体調等を考慮するためいつもの倍以上お金も使いましたが、こうして体調の変化もなく今日も朝を元気に迎えてくれたオリーブを見て本当に安心しています


パパは、いつも以上にオリーブの面倒を見てくれ、私には何か手伝うことない?何でも言ってね!とどんな時でも声を掛けてくれることに癒やされました

帰り際には、
お母さんとバイバイす時は淋しかったけど、りんぎちゃんがいるから淋しさは半分に減るし、オリーブもいるから3分の1になるね。 りんぎちゃん、心配もいっぱいあったのに韓国着いてきてくれて本当に有難う。と言ってくれました

なんか、言葉では言い表せないけれど、
家族の絆が更に強くなれた気がします


画像は、フライト前、フードコートにて。
絆と言えば…
今日で震災から4年ですね。
4年前、大学院生だったグナは仙台に住んでいました。
震災時、当時結婚式の司会をしていた私は静岡で新郎新婦との打ち合わせ中でした。
静岡も長い横揺れを感じ、急いでテレビを付けてもらうと津波にのみ込まれている悲惨な光景…
仙台市のある宮城県が震源地だと聞き、急いで彼に連絡するも繋がらす、震えが止まりませんでした。
その後、仕事中だった私は、妹コウちゃんに協力してもらい、彼に電話をかけ続けてもらい、安否を確認する事が出来ました。
研究室にいた彼は、物凄い音と共にロッカー等も倒れてきて恐ろしかったと言います。
避難所で1日生活し、家に帰るもガスや電気など使えず…ホッカイロで寒さを凌いだそうです。
私の両親が彼を心配し、家に来る様に言ってくれ、震災から3日後から1ヶ月間私の実家で生活しました。
あの日々から4年。
あの時彼と連絡がとれないままだったら…
その時の不安な気持ちは今でも忘れることはありません。
大事な大事なご家族を亡くされた方々。
未だ発見されないご遺体も沢山あります。
不自由な生活を送っている方も沢山います。
今一度、元気な私たちに出来ることはなんなのか?考え行動してみたいと思います。
私は既にやりましたが、yahoo!での「3.11」の検索は10円の寄付に繋がるそうです

どうか一円でも多くの寄付金と、思いが被災地の方にしっかり届きます様に。
明日からも、当たり前ではない毎日を大事に生きていきたいと思います。















ひゃーー















