10/6

 

 ホステルの窓から雲ひとつかかっていない、Cerro Torreが見える。ラッキーデイになりそうだ。今日はエル・チャルテンが展望できる4kmコースのLaguna Carpi(ラグーナ・カプリ)を歩く。

 私はほとんど地図が読めないので、道ですれ違う人たちに尋ねながら進む。アルゼンチンはどこでも誰もが紳士に答えてくれるので、 完全にそれをあてにしてしまっている。

 一点の曇りもない空だが、冷たい風に顔が顰め面になる。登り坂が途切れると体温がどんどん奪われていく。

 決して快適とはいえない場所に身を置くトレッキングをしてなにかいいことがあるのかというと、考える時間がたくさん持てること、景色が移り変わる様子を一歩一歩体で感じることができることだろう。自ら動くことで、見えるものが変わることを実感することは、行動に移すことの大切さを教えてくれる気がする。

 特別なことを考えているわけではないが、歩いていると色んな思いが飛び出して消えていく。そして、自分が歩いていることをふと忘れてしまうときさえある。数百年前、私が歩く道を通った人がいただろうか。彼らはどんな思いを持って、山を見ていただろうか。私がこの世から去る時、人はここへ来て何を思うのだろう。
人や時代によって、世界の捉え方が数え切れないほどあることを想像するのは楽しい。

 道中、色んな人に出会う。同じルートを同じ風景を見ながら、それぞれバラバラに進んでいく。「またあとで」と声を交わすけど、もう会わないときも多い。人との出会いの縁や不思議さを感じずにはいられない。


       ラグーナ・カプリとエル・チャルテン


 

 ラグーナ・カプリに着くと、エル・チャルテンは見事なまでに美しいバランスでそこにあった。アルゼンチン人の老夫婦と、トイレに書かれたヘブライ語の注意書きから、イスラエル人の話題になり、とりとめない話に花を咲かせて別れた。


「写真撮ってもらえますか?」と後からやってきた白人夫婦に声をかけられる。

「どこから来たんですか?」

「イスラエルです」

この世の不思議さと面白さを反芻しながら、村までてこてこと戻った。



                 パタゴニアの大地

ERIKO