アマリアさんと、TOKONOMAの本


 友人のモニカ・小木曽からの紹介で、ある日系人の方を訪ねる機会をもらった。モニカは前回同様、私の旅の滞在先や行き先に相談にのってくれ、コーディネートしてくれている日系アルゼンチン人の女性だ。彼女が普段からコーディネーターを仕事にしているということもあるが、私の知っているアルゼンチン人の中でも特によくアルゼンチン国内のことを知っている。

 

 パレルモ地区にあるアパートに住む、アマリア・サトウさん。彼女は日系アルゼンチン人。家には猫が2匹とLa Vida(命)という名前のカメが同居している。


「この猫たちはおとなしいから、心配しないで。
1匹はシャイであまり人に寄り付かないけどね」

 私は猫が大の苦手。子供の頃に何度か触ったくらいで、それ以降接触した覚えがほとんどない。猫の存在があるにも関わらず、アマリアさんのアパートは嫌な印象を持たせなかった。それは部屋に並べられたたくさんの本が、穏やかさと静けさを与え、猫の存在と調和してある種の心地よさを生み出しているようだった。

 アマリアさんは、スペイン語の先生でもあり、翻訳者でもある。語学が堪能で、お互い共通して話せる言語についてすぐに花が咲いた。彼女は“Tokonoma”と呼ばれる小冊子を定期的に出版している。書き手が日本語を一語選び、その言葉について詩や文章を書くという内容。

 「日本文学をずっと読んでいたからか、初めて日本へ行った時、大きな驚きはなく、自然に受け入れられたわ」



          私から離れなかった不思議な猫ちゃん

 枕草子、川端康成、夏目漱石、樋口一葉。彼女が翻訳した本は日本を代表する作品ばかり。カモミール茶を頂きながら、話に夢中になっていると、普段人に懐かないという方の猫が、テーブルに飛び乗り、私の顔をクンクン匂って、そのまま座り込んでしまった。こんな間近で猫の顔を見たことがないので動揺したが、同時になんだかこのままでいいような気持ちになった。

 彼女が話した日本についての印象がとても興味深かった。

「見た目は不良みたいな子でも、ちゃんとお辞儀して、敬語を話すでしょ。日本人は制服を着たり、場所や立場が変わる度に、声のトーンが変わる仮面をいくつも持っていると思うわ。電車のアナウンスは歌みたいだし。お店の人が話す声も普通よりキーが高いでしょ。アルゼンチンはそういった言語のコードがないの。その人が話すそれが、その人のすべてなのよ。言葉を理解しなければ、その向こうにある文化は理解できないわ」

 

 会話はあちらへいったり、こちらへいったりしながら、言葉についてお互いの思いを話した。彼女はブラジルや日本の文学や絵画、映画について教えてくれた。あっという間に、次の来客の時間がやってきた。

 また会う約束をして、アマリアさんと猫ちゃんとの不思議であっという間の時間は終わった。彼女の家のベルを鳴らす前の自分と、家を去ろうとしている自分。自分の内面が満足感に満ちた変化を遂げているのを感じていた。



ERIKO