ここ数日ブエノス・アイレスの街を歩いていて、以前活気のあった街にシャッターの数が増えたように思う。2009年、留学生当時に住んでいたレコレッタ地区のアグエロの駅を降りる。建物や風景が様変わりして、住んでいた家がどちらの方向だったかも思い出せない。

Vergel”(ベルヘル)スペイン語で花壇・果樹園を意味するこの施設は、アグエロ駅から10分ほどの、リカルド・グティエレス病院Hospital de los niños Ricardo Gutierrez内にある。


 
Vergelは、フロレンシアさんとカタリーナさんというアーティストが行っている芸術活動の一環である。代表のフロレンシアさんは現在パリに在住で、日本のTokyo Wonder Site, Arcus proyect、アーティスト・イン・レジデンスプログラムの招待作家として、日本に滞在していた大の親日家でもある。

 彼女らがこの病院で行っている活動は、不治の病にかかった子供達の病室で、彼らの描きたい絵を一緒に製作するというものだ。

 プレイルームのような場所で、絵を描いたりしているのだろうな、というのが私の想像だった。しかし病室を訪ねると、そこにはチューブや点滴で繋がれた、特別個室にいる子供達だった。

「こうやって、一人一人を訪ねながら、描きたいという子と一緒に絵を描くの」
 彼女と一緒に、棟から棟へ行ったり来たりしながら
6人の子供たちを尋ねたが、体調が悪かったり、抗がん剤治療を受けていたり、眠っていたり、泣いていたり、結局私がいた時間内で絵を描きたい子供はいなかった。


 カタリーナさんになぜこの活動をするのか訪ねてみる。

「限られた命と分かりながらそれに向かい合うことは、大切な学びがあるの。絵を描いている途中に、子供たち個人の可能性が開かれる瞬間みたいなものがあって、それを見るとインスピレーションをもらうわ」

 病室には、パラグアイ人やペルー人の子供もいる。

「ここでの治療は無料で、なおかつアルゼンチンの医療は進んでいる部分もあるから、他の国からも治療しに来たりするの」

 私のような人間が病室に入ると、空間の独特な雰囲気や匂い、また彼らの痛みとの出会いに混乱してしまう。医師や看護師、彼女らを含め、彼らがこの環境に積極的に関わっていくという行為は、そこに芸術や人間の本質との出会いがあり、それが彼らに生きる力や学びを与えてくれるからだろう。

「今日は遅くなりそうだから、気長にやるわ」


 この人は笑顔のまま生まれてきたのだろうかと思うほど、終始笑顔のカタリーナさんは、私を玄関まで見送って、画材道具が入った小さなトランクを引っ張りながら、病棟へ消えていった。冷たい風が私を包み込む。ブエノス・アイレスにまだ春は来そうにない。


                     カタリーナさん

ERIKO